「才能がないから成功できない」――そう諦めてしまった経験はありませんか。受験、仕事、スポーツ、人間関係。人生の様々な場面で、私たちは「才能の壁」を感じることがあります。
しかし、心理学者アンジェラ・ダックワース博士の研究は、驚くべき事実を明らかにしました。**成功を決めるのは、才能ではなく「やり抜く力(GRIT)」**だと。IQや天賦の才よりも、情熱を持って粘り強く努力を続ける力こそが、長期的な成功を予測する最も重要な要素なのです。
『やり抜く力 GRIT』は、この革新的な研究をまとめた一冊です。ウェストポイント陸軍士官学校、全米スペリング大会、企業の営業成績。様々な分野で、GRITの高い人が成功していることが、科学的に証明されました。そして何より希望的なのは、GRITは才能と違い、誰でも育てることができるということです。
書籍の基本情報
- 書籍名: やり抜く力 GRIT(グリット)――人生のあらゆる成功を決める「究極の能力」を身につける
- 著者: アンジェラ・ダックワース(Angela Duckworth)
- 訳者: 神崎朗子(かんざき・あきこ)
- 出版社: ダイヤモンド社
- 発行年: 2016年(原著は同年)
- ページ数: 約380ページ
- ジャンル: 成長心理学、自己啓発、教育
著者のアンジェラ・ダックワース博士は、ペンシルベニア大学心理学教授。マッカーサー賞(天才賞)受賞者でもあります。本書は世界的ベストセラーとなり、日本でも50万部を超える大ヒット作となりました。訳者の神崎朗子氏による丁寧な翻訳と解説も、本書の理解を深めてくれます。
才能よりも努力が成功を決める科学的根拠
ダックワース博士の研究は、従来の「才能神話」に疑問を投げかけます。私たちは、成功した人を見ると「才能があるからだ」と考えがちです。しかし、博士が様々な分野で調査した結果、才能よりもGRITの方が、成功をより正確に予測することがわかったのです。
特に印象的なのが、ウェストポイント陸軍士官学校の研究です。この超エリート校では、毎年多くの優秀な学生が入学しますが、厳しい訓練に耐えられず退学する者も多い。博士は、誰が訓練を完遂できるかを予測しようとしました。その結果、学力や体力、リーダーシップといった従来の評価基準よりも、GRITスコアの方が正確に予測できたのです。
GRITとは、「Guts(度胸)、Resilience(復元力)、Initiative(自発性)、Tenacity(執念)」の頭文字です。簡単に言えば、「情熱」と「粘り強さ」の組み合わせ。長期的な目標に向かって、困難に直面しても諦めずに努力を続ける力のことです。
博士は、成功の方程式を次のように表します。「才能×努力=スキル」「スキル×努力=達成」。つまり、努力は二回掛け算されるのです。才能があっても、努力なしでは大した達成には至らない。逆に、才能が平均的でも、継続的な努力があれば、高いスキルと大きな達成を得られるのです。
この発見は、多くの人に希望を与えます。「自分には才能がないから」と諦める必要はない。継続的に努力する力、つまりGRITを育てることで、誰でも成長し、目標を達成できるのです。
情熱と粘り強さの両輪がGRITを作る
GRITには二つの要素があります。「情熱(Passion)」と「粘り強さ(Perseverance)」です。多くの人は、粘り強さだけを想像しがちですが、ダックワース博士は、情熱の方がより重要だと強調します。
ここで言う「情熱」とは、一時的な熱狂ではありません。むしろ、長期的に一つのことに興味を持ち続けることです。何年も、何十年も、同じテーマに魅了され続ける。その持続的な興味こそが、情熱なのです。
博士は、トップアスリート、一流の芸術家、成功した起業家を調査しました。彼らに共通していたのは、若い頃から自分の興味を見つけ、それを育て続けたことです。ただし、最初から「これだ!」と分かるわけではない。様々なことを試し、失敗し、そして自分が本当に好きなことを見つけていくプロセスがあったのです。
一方、粘り強さは、困難に直面したときに諦めない力です。失敗しても立ち上がる。批判されても続ける。成果が出なくても信じ続ける。この**レジリエンス(回復力)**が、長期的な成功を支えます。
興味深いのは、情熱と粘り強さが相互に強化し合うことです。好きなことだからこそ、困難にも耐えられる。困難を乗り越えることで、さらに深く興味を持つようになる。この好循環が、揺るぎないGRITを育てていくのです。
多くの人が途中で挫折するのは、才能がないからではなく、本当に情熱を持てることを見つけていないか、あるいは困難に直面したときに諦めてしまうからです。逆に言えば、情熱を見つけ、粘り強さを育てれば、誰でもGRITを高められるのです。
GRITは後天的に育てられる能力である
本書で最も希望に満ちたメッセージが、**「GRITは育てられる」**ということです。才能は生まれつきの要素が大きいかもしれません。しかし、GRITは違います。適切な方法で、誰でも、何歳からでも伸ばすことができるのです。
ダックワース博士は、GRITを育てる4つのステップを提示します。
第一に、「興味」を育てること。自分が心から楽しいと思えることを見つける。そのためには、様々なことを試してみる必要があります。失敗を恐れず、好奇心に従って探索する。その過程で、「これだ!」と思える何かに出会えるのです。
第二に、「練習」を継続すること。ただ漫然と続けるのではなく、「意図的な練習(Deliberate Practice)」が重要です。これは、自分の弱点を特定し、それを克服するための具体的な練習を繰り返すこと。少し背伸びをする課題に挑戦し、フィードバックを得て、改善する。この質の高い練習こそが、スキルを飛躍的に向上させます。
第三に、「目的」を見出すこと。自分の活動が、自分だけでなく、他者や社会にも貢献していると感じられるとき、人はより強い動機を持てます。「誰かの役に立っている」という実感が、困難な時期を乗り越える原動力になるのです。
第四に、「希望」を持ち続けること。これは楽観主義とは少し違います。失敗しても「自分の努力次第で状況は変えられる」と信じる力です。この「成長マインドセット」が、挫折から立ち直る力を与えてくれます。
この4つのステップは、順番に進むものではなく、相互に関連し合っています。そして重要なのは、今日から始められるということです。年齢や環境に関係なく、誰でもGRITを育てる旅を始められるのです。
子どものGRITを育てる親と教育者の役割
ダックワース博士は、親や教育者が子どものGRITを育てる方法についても詳しく論じています。これは、単に「頑張れ」と励ますことではありません。もっと戦略的で、科学的なアプローチが必要なのです。
まず、「厳しさ」と「支援」のバランスが重要だと博士は言います。高い期待を持ち、挑戦を促す一方で、失敗したときには温かく支える。この**「支援的な厳しさ(Tough Love)」**が、子どものGRITを育てるのです。
具体的には、課外活動を継続させることが推奨されます。スポーツ、音楽、ボランティアなど、何でもいい。ただし、「自分で選ぶ」「最低1年は続ける」「途中で辞めたくなっても、区切りまでは続ける」というルールを設ける。この経験が、やり抜く力を実地で学ぶ機会になるのです。
また、褒め方も重要です。「頭がいいね」と能力を褒めるのではなく、「よく頑張ったね」と努力を褒める。この違いが、子どもの成長マインドセットを育てます。失敗したときも、「才能がないからだ」ではなく、「方法を変えてみよう」「もっと練習が必要だね」と、努力や戦略に焦点を当てることが大切です。
さらに、親自身がGRITのモデルになることも重要だと博士は強調します。自分自身が何かに情熱を持ち、困難に直面しても諦めずに続ける姿を見せる。子どもは、言葉よりも行動から学ぶのです。
これは、子育てだけでなく、自分自身のGRITを育てることにもつながります。親になってから、あるいは中年になってから、新しい挑戦を始める。その姿が、子どもに「いつからでも成長できる」というメッセージを伝えるのです。
文化と環境がGRITを育む力
ダックワース博士の研究で興味深いのが、文化や環境がGRITに与える影響についての考察です。個人の努力だけでなく、周囲の環境が、GRITを育てたり、阻害したりするのです。
博士は、「GRITを育む文化」の例として、いくつかの組織を紹介します。シアトル・シーホークス(NFLチーム)、JPモルガン、ハーバード大学の名物教授の授業。これらに共通するのは、**「努力と成長を重視する文化」**です。
こうした環境では、失敗が罰せられるのではなく、学びの機会と捉えられます。努力すること自体が評価され、改善のプロセスが称賛されます。メンバー同士が互いに高め合い、刺激し合う。この**ポジティブなピアプレッシャー(仲間からの圧力)**が、個人のGRITを引き出すのです。
日本の文化について考えると、実は日本には「やり抜く力」を育てる要素が多くあります。武道の「守破離」、職人の徒弟制度、「石の上にも三年」という諺。日本人は伝統的に、長期的な修練の価値を理解してきました。
しかし、現代社会では、この文化が薄れつつあることも事実です。すぐに結果を求め、効率を重視し、困難を避ける傾向が強まっています。ダックワース博士の研究は、改めて持続的な努力の重要性を、科学的に裏付けてくれているのです。
個人レベルでも、自分の環境を整えることができます。GRITの高い人と付き合う、挑戦を評価してくれるコミュニティに参加する、努力を続けられる仕組みを作る。こうした意図的な環境づくりが、自分のGRITを支えてくれるのです。
現代社会での応用・実践
では、『やり抜く力 GRIT』から得た知恵を、どう日々の生活に活かせばいいでしょうか。
まず、自分の「情熱」を見つける時間を持つこと。忙しい日常の中で、「本当に自分が好きなことは何か」を考える機会は少ないものです。週に一度、静かに自分と向き合い、様々なことを試してみる。その積み重ねが、人生を貫く情熱を見つける鍵になります。
次に、「意図的な練習」を取り入れること。仕事でも趣味でも、ただ繰り返すのではなく、自分の弱点を特定し、それを克服するための具体的な練習をする。少し難しい課題に挑戦し、フィードバックを得て、改善する。このサイクルが、スキルを飛躍的に向上させます。
また、長期目標を設定すること。1年後、5年後、10年後にどうなっていたいか。その目標を明確にし、それに向かって日々の小さな行動を積み重ねる。目標が明確であればあるほど、困難な時期も乗り越えやすくなります。
さらに、失敗を学びの機会と捉える習慣を持つこと。失敗したとき、「自分には才能がない」と考えるのではなく、「何を学べたか」「次はどう改善するか」を考える。この成長マインドセットが、挫折から立ち直る力を与えてくれます。
最後に、GRITを育むコミュニティに参加すること。同じ目標を持つ仲間、互いに刺激し合える環境。そうした場所に身を置くことで、自然とGRITが育っていきます。オンラインでもオフラインでも、自分を高めてくれる環境を探してみましょう。
どんな方に読んでもらいたいか
『やり抜く力 GRIT』は、年齢や立場を問わず、目標に向かって努力するすべての人に読んでいただきたい一冊です。
まず、学生や若い世代には、人生の羅針盤として。これから何を目指すべきか、どう努力すべきか。科学的な根拠とともに、明確な指針を与えてくれます。「才能がないから」と諦める前に、この本を読んでほしいのです。
仕事で伸び悩んでいる方、キャリアに迷っている方にも。成功の鍵は才能ではなく、GRITだと知ることで、新しい可能性が開けます。転職、起業、スキルアップ。どんな挑戦にも、GRITは不可欠な要素なのです。
子育て中の親御さん、教育に携わる方々には必読です。子どものGRITをどう育てるか、科学的な方法が示されています。「厳しく育てるべきか、優しく育てるべきか」という古い議論を超えて、効果的な育て方がわかります。
中高年の方にも、ぜひ読んでいただきたい内容です。「もう遅い」と思っているかもしれませんが、GRITは何歳からでも育てられます。第二の人生、新しい挑戦。その勇気を、この本は与えてくれるはずです。
そして、何度も挫折を経験してきた方に。失敗は終わりではなく、学びの機会です。GRITを育てれば、必ず道は開ける。その希望を、この本は科学的に証明してくれています。
関連書籍5冊紹介
GRITや成長心理学について、さらに理解を深めるための書籍を紹介します。
1. 『マインドセット やればできるの研究』(キャロル・S・ドゥエック著、今西康子訳、草思社)
スタンフォード大学の心理学者による、成長マインドセットの研究書。能力は固定されたものではなく、努力で伸ばせるという信念が、どれほど人生を変えるか。GRITの土台となる考え方が学べます。ダックワース博士も大きく影響を受けた名著です。
2. 『1万時間の法則』(マルコム・グラッドウェル著、勝間和代訳、講談社)
天才や成功者を生み出す要因を分析したベストセラー。「1万時間の練習で誰でも達人になれる」という主張は、GRITの重要性を裏付けるものです。ただし、ただの反復ではなく「意図的な練習」が必要だという点で、本書と共通します。
3. 『「学力」の経済学』(中室牧子著、ディスカヴァー・トゥエンティワン)
教育経済学者による、科学的な教育論。「褒め方」「ご褒美の与え方」など、子どものGRITを育てる具体的方法が、データとともに示されています。親や教育者には、本書と併せて読むことを強くおすすめします。
4. 『最高の休息法』(久賀谷亮著、ダイヤモンド社)
イェール大学で学んだ精神科医による、脳科学に基づく休息法。GRITを発揮し続けるには、適切な休息も必要です。マインドフルネスや瞑想が、いかに脳の疲労を回復させ、パフォーマンスを向上させるか。科学的に解説されています。
5. 『才能の正体』(坪田信貴著、幻冬舎)
『ビリギャル』で有名な著者による、才能と努力についての考察。**「才能は開花させるもの」**という視点は、GRITの考え方と共通します。実践的な指導経験に基づく、具体的なアドバイスが満載です。
まとめ
『やり抜く力 GRIT』は、成功の本質を科学的に解き明かした、革命的な一冊です。アンジェラ・ダックワース博士の膨大な研究と、説得力のあるデータは、私たちの成功観を根本から変える力を持っています。
この本が教えてくれるのは、「才能は必要ない」ということではありません。むしろ、「才能だけでは不十分だ」ということです。情熱と粘り強さ、つまりGRITがあって初めて、才能は花開くのです。
そして何より希望的なのは、GRITは誰でも育てられるということです。生まれつきの才能ではなく、後天的に伸ばせる能力。興味を見つけ、練習を続け、目的を持ち、希望を失わない。この4つのステップを踏めば、何歳からでも、どんな状況からでも、成長できるのです。
現代社会は、即効性や効率を求めがちです。しかし、本当に価値のあるものは、長期的な努力の先にあります。GRITは、その努力を支え、目標達成へと導いてくれる力なのです。
もしあなたが、何かを成し遂げたいと思っているなら。もしあなたが、才能のなさに悩んでいるなら。もしあなたが、子どもの可能性を信じたいなら。この本を手に取ってみてください。きっと、新しい扉が開くはずです。人生を変える一冊として、自信を持っておすすめします。

