「もっと根性出せ！」「気合いが足りない！」――そんな言葉で育った世代と、「心理的安全性」「褒めて伸ばす」を重視する今の若い世代。職場でも家庭でも、この価値観のギャップに戸惑うことはありませんか？
**どちらが正しいわけでもなく、どちらが間違っているわけでもない。**ただ、時代が変わり、人の育て方も変わってきた。本記事では、この世代間ギャップを温かく見つめ、互いに学び合うヒントを探してみたいと思います。
「根性論」が生まれた時代背景
高度経済成長期、日本は驚異的なスピードで復興し、発展しました。その原動力となったのが、「努力」「我慢」「根性」という価値観でした。苦しくても歯を食いしばって頑張る。弱音を吐かず、上司の指示に従う。そうした姿勢が「美徳」とされた時代です。
学校でも職場でも、厳しい指導が当たり前でした。「できないのは努力が足りないから」「泣き言を言うな」「這ってでも来い」。今の感覚では「パワハラ」と言われそうな言葉も、当時は「愛のムチ」として受け入れられていました。
私の父もそんな時代を生きた人間です。「俺たちの時代は、上司に怒鳴られて当たり前だった。それで鍛えられたんだ」と、よく語っていました。その言葉には、誇りと同時に、どこか苦しかった記憶も滲んでいる気がします。
根性論が機能した背景には、「頑張れば報われる」という確信がありました。終身雇用、年功序列。努力すれば給料は上がり、家族を養える。そんな時代だったからこそ、厳しさにも耐えられたのかもしれません。けれど、今は違います。努力と報酬が必ずしも結びつかない時代に、根性論だけで人は動けるのでしょうか。
「心理的安全性」が求められる現代
現代の職場や教育現場で注目されているのが、**「心理的安全性（サイコロジカルセーフティ）」**という考え方です。これは、失敗を恐れず意見を言える、弱みを見せても受け入れられる、そんな環境を指します。
Googleが優れたチームの条件として「心理的安全性」を第一に挙げたことで、この言葉は世界中に広まりました。AI時代を迎え、創造性や柔軟な思考がより重視される今、恐怖で人を動かすのではなく、安心感の中で力を発揮させることが、組織の成功につながるとわかってきたのです。
若い世代は、この価値観の中で育ってきました。「褒めて伸ばす」教育を受け、「自分らしさ」を大切にするよう教えられてきた。だからこそ、理不尽な叱責や、根性論だけの指導には強い違和感を覚えます。
私が印象的だったのは、ある若手社員の言葉です。「上司に『根性が足りない』と言われたとき、何をどう改善すればいいのかわからなかった。具体的なアドバイスが欲しかった」。精神論だけでは、今の時代、人は動けないのです。
心理的安全性を重視する環境では、失敗も学びの一部として受け入れられます。AIツールが発達し、効率化が進む時代だからこそ、人間にしかできない「試行錯誤」や「創意工夫」が価値を持つ。そのためには、安心して挑戦できる土壌が必要なのです。
世代間ギャップが生む誤解とすれ違い
根性論世代と心理的安全性世代が出会うとき、しばしば誤解とすれ違いが生まれます。
ベテラン世代から見れば、若者は「打たれ弱い」「すぐに心が折れる」「甘えている」と映ります。一方、若者世代から見れば、上司は「理不尽」「パワハラ」「時代遅れ」に見える。どちらも悪気はないのに、価値観の違いが溝を生んでしまうのです。
ある管理職の方は、こう嘆いていました。「俺たちの頃は、厳しく言われても『ありがとうございます』って食らいついたのに、今は少し強く言うと翌日から来なくなる」。一方、その部下は「怒鳴られて何を学べというんだろう。具体的に何がダメなのか教えてくれないと、改善のしようがない」と感じていたそうです。
このすれ違いの根っこには、**「育った環境の違い」**があります。根性論世代は、厳しさの中で育ち、それを乗り越えてきた。だから、厳しさには意味があると信じている。一方、心理的安全性を重視する世代は、「厳しさ=成長」という等式を必ずしも共有していません。
私自身、両方の世代を見てきて感じるのは、どちらにも一理あるということです。根性論には「逆境を乗り越える力」を育てる側面があり、心理的安全性には「自発性と創造性」を引き出す力がある。問題は、どちらか一方だけが正しいと思い込むことなのです。
両者の良さを融合させる「柔軟な思考」
世代間の対立を乗り越えるカギは、柔軟な思考にあります。根性論にも心理的安全性にも、それぞれの時代背景と意義があります。大切なのは、片方を否定するのではなく、両方の良さを理解し、状況に応じて使い分けることです。
例えば、基礎を学ぶ段階では、ある程度の「厳しさ」や「忍耐力」も必要です。スポーツでも芸術でも、地道な反復練習なしに上達はありません。その意味で、根性論的な要素は今でも有効です。
一方、応用や創造の段階では、心理的安全性が不可欠です。失敗を恐れず新しいことに挑戦する、自由に意見を出し合う――そんな環境なしに、イノベーションは生まれません。AI時代のリーダーシップには、この視点が欠かせないでしょう。
ある企業の研修で、世代を超えた対話の場を設けたところ、興味深い気づきがあったそうです。ベテラン社員は「若者の柔軟な発想に驚いた」と言い、若手社員は「先輩たちの経験には重みがある」と感じた。互いに学び合う姿勢が、組織全体の成長につながるのです。
私が思うのは、指導する側もされる側も、「学びと成長」の途中にあるということです。完璧な指導法など存在しません。だからこそ、対話し、試行錯誤し、より良い方法を一緒に探っていく。そんな姿勢こそが、世代を超えた「心の持ち方」なのではないでしょうか。
AI時代の教育と指導に必要なもの
AI技術が急速に発達する今、教育や指導のあり方も大きく変わりつつあります。AIは膨大なデータを瞬時に処理し、個別最適化された学習プランを提供できます。けれど、AIには人間の感情を本当に理解することはできません。
だからこそ、これからの指導には「人間らしさ」がより重要になります。根性論が持つ「人と人のぶつかり合い」の熱さと、心理的安全性が持つ「思いやりと受容」の温かさ。そのバランスこそが、AI時代の指導者に求められる資質なのかもしれません。
また、リモートワークやオンライン学習が普及する中で、「顔を合わせずに指導する」難しさも増しています。画面越しでは、相手の微細な表情や空気感が読み取りにくい。だからこそ、言葉の選び方、タイミング、そして「心の余裕」を持ったコミュニケーションが大切になります。
私が最近感じるのは、「根性」も「心理的安全性」も、結局は**「相手を思いやる心」**から生まれるということです。厳しく接するのも、優しく接するのも、その根底に「この人の成長を願っている」という気持ちがあれば、きっと伝わる。逆に、それがなければ、どんな手法も空虚です。
AI時代だからこそ、私たちは「人間にしかできないこと」を問い直す必要があります。それは、共感し、寄り添い、時に厳しく、時に優しく、相手の成長を見守ること。世代を超えて共有できる価値が、そこにあるのではないでしょうか。
対立ではなく、対話を
根性論と心理的安全性。この二つは、対立するものではなく、補い合うものです。根性論には「困難に立ち向かう力」を育てる側面があり、心理的安全性には「自分らしく輝く力」を引き出す側面がある。
**大切なのは、どちらが正しいかを競うことではなく、互いの良さを認め合い、学び合うことです。**ベテラン世代は若者の柔軟性から学び、若い世代はベテランの経験から学ぶ。そんな「世代間の対話」が、より良い指導と教育の形を生み出すのではないでしょうか。
時代は変わります。価値観も変わります。けれど、「人を育てたい」「成長したい」という願いは、世代を超えて変わらないはずです。
根性論も心理的安全性も、その願いを実現するための手段にすぎません。大切なのは、相手を思いやる心と、柔軟な思考。そして、完璧を求めず、共に成長していく姿勢です。
AI時代の今だからこそ、私たちは「人間らしい関わり」の価値を見つめ直す時なのかもしれません。
関連格言
- 「教育の目的は、空の器を満たすことではなく、炎に火をつけることである」
（ウィリアム・バトラー・イェイツ）
根性論も心理的安全性も、内なる炎を灯すためにある。 - 「厳しさと優しさは、同じ愛情の二つの顔である」
指導の本質は、相手を思いやる心にある。 - 「人は、理解されたと感じたときに初めて、変わる勇気を持つ」
心理的安全性が、成長の土台を作る。 - 「逆境が人を作るのではなく、逆境が人の本質を明らかにするのだ」
根性論の背景には、この信念がある。 - 「世代間の溝は、対話の橋で埋められる」
理解し合う努力こそが、最も大切な一歩。
