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第6話 ビジネス界で見直される人間中心の経営

園児 3.現代に生きる教え
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2017年、ノーベル経済学賞を受賞した行動経済学の第一人者、リチャード・セイラー教授が来日した際、相田みつをへの賛辞を語った。「つまづいたっていいじゃないか。にんげんだもの」という言葉について、「判断を間違えないことが前提ではなく、人は必ずしも合理的でないことを前提にする。こういう考え方は行動経済学につながるものです」と。また、大塚商会の社長は「経営に役立てている本」として相田みつをの『にんげんだもの』を挙げている。効率、生産性、数字——これらが支配してきたビジネス界で今、**相田みつをの「人間を見つめる哲学」**が見直されている。「にんげんだもの」は不完全な人間を前提とした組織づくりを促し、「うばい合えば足らぬ わけ合えばあまる」は協力的な企業文化を育て、「一歩一歩だよ」は持続可能な成長を示す。人間中心の経営、ウェルビーイング経営、心理的安全性——現代の経営トレンドと、相田の哲学が見事に重なる。なぜビジネス界は、相田みつをに注目するのか。


ノーベル賞経済学者が認めた——行動経済学と相田みつを

2017年にノーベル経済学賞を受賞したリチャード・セイラー教授(米シカゴ大学)は、行動経済学の創始者の一人である。行動経済学とは、人間は必ずしも合理的ではないという前提に立つ経済学である。従来の経済学は、人間を「合理的な経済人」として扱ってきた。しかしセイラー教授は、実際の人間は感情に左右され、バイアスに影響され、非合理的な判断をすることを証明した。

セイラー教授が来日した際、相田みつをの作品に触れ、深く感銘を受けた。特に「つまづいたっていいじゃないか。にんげんだもの」という言葉について、こう語った。「判断を間違えないことが前提ではなく、人は必ずしも合理的でないことを前提にする。こういう考え方は行動経済学につながるものです」。

この指摘は重要である。相田みつをは、40年以上前から、人間の不完全さを前提とした哲学を説いていた。これは、まさに行動経済学が発見した真理と同じである。人間は失敗する。間違える。非合理的な選択をする。しかし、それでいい。それが人間だから。この「人間理解」が、現代のビジネス理論と一致するのである。

行動経済学は、マーケティング、組織論、経営戦略に大きな影響を与えている。そして相田みつをの言葉は、この行動経済学の知見を、平易な言葉で表現している。だからこそ、セイラー教授のような世界的な学者が、相田を評価するのである。


大企業経営者が愛読する『にんげんだもの』

大塚商会の社長は、「経営に役立てている本」を聞かれたとき、相田みつをの『にんげんだもの』を挙げた。IT企業の経営者が、なぜ詩集を読むのか。それは、経営の本質が「人間」にあるからである。

ビジネスは、数字やデータだけでは成り立たない。最終的には、人と人の関わりである。社員、顧客、取引先——全て人間である。この人間を理解せずに、経営はできない。相田の『にんげんだもの』は、この人間理解を深める書である。

大塚商会の社長は言う。「読者の方々もどこかでその書を目にしたことがあると思います。ファンだという人もたくさんいるでしょう」。相田の作品は、ビジネスパーソンの間でも広く読まれている。書店のビジネス書コーナーに、相田の本が並ぶことも珍しくない。

なぜビジネスパーソンは相田を読むのか。それは、仕事や人生に疲れたとき、希望を与えてくれるからである。ビジネスは厳しい。競争、プレッシャー、ストレス——これらに押しつぶされそうになる。そんなとき、相田の「にんげんだもの」「そのままでいい」という言葉が、心を楽にする。完璧でなくていい。失敗してもいい。この許可が、再び立ち上がる力を与える


心理的安全性と「にんげんだもの」

近年、ビジネス界で注目されているキーワードの一つが「心理的安全性(Psychological Safety)」である。これは、ハーバード大学のエイミー・エドモンドソン教授が提唱した概念で、チームメンバーが安心して発言できる状態を指す。

Googleが行った「プロジェクト・アリストテレス」という研究でも、生産性の高いチームの最重要要素として「心理的安全性」が挙げられた。心理的安全性が高いチームでは、メンバーが失敗を恐れず、意見を言い、助けを求められる。この環境が、イノベーションを生み、パフォーマンスを高める。

では、心理的安全性をどう作るか。ここで、相田みつをの「にんげんだもの」が力を発揮する。この言葉は、失敗を許容する文化を作る。「つまづいたっていいじゃないか にんげんだもの」——この言葉をチームの合言葉にすれば、失敗への恐怖が減る。

ある企業では、会議室に相田の「にんげんだもの」を掲示した。すると、会議の雰囲気が変わった。以前は、失敗を恐れて誰も発言しなかった。しかし「にんげんだもの」という言葉が目に入ると、「失敗してもいいんだ」と思える。発言が増え、議論が活発になった。心理的安全性が高まったのである。


ウェルビーイング経営と「そのままでいい」

もう一つのビジネストレンドが「ウェルビーイング経営」である。ウェルビーイング(Well-being)とは、身体的・精神的・社会的に良好な状態を指す。従来の経営は、利益や成長を最優先してきた。しかし今、従業員の幸福を重視する経営が求められている。

なぜか。それは、従業員が幸福であれば、生産性が上がり、創造性が高まり、離職率が下がるからである。つまり、ウェルビーイングは、経営にとってもプラスなのである。

相田みつをの「そのままでいい」は、ウェルビーイング経営の核心を突いている。従業員に「もっと頑張れ」「もっと成果を出せ」とプレッシャーをかけることは、短期的には効果があるかもしれない。しかし長期的には、疲弊させ、メンタルヘルスを悪化させる。

「そのままでいい」という言葉は、無条件の肯定である。成果を出しても出さなくても、あなたは価値がある。この肯定が、従業員の自己肯定感を高める。そして自己肯定感が高い従業員は、自発的に働き、創造性を発揮する。結果として、業績も向上する

ある企業では、人事評価に「そのままでいい」の精神を取り入れた。従来の評価は、できないことを指摘し、改善を求めるものだった。しかし新しい評価は、まず「今のあなたでも十分価値がある」と肯定する。その上で、「さらに成長したいなら、こういう支援ができます」と提案する。この変化が、従業員のモチベーションを大きく高めた。


協働と「うばい合えば足らぬ わけ合えばあまる」

ビジネスは、競争である——これが長年の常識だった。他社を出し抜き、市場シェアを奪う。社内でも、同僚と競争し、昇進を目指す。しかし今、この競争至上主義が見直されている

なぜか。競争は、短期的には成果を生むが、長期的には組織を疲弊させるからである。競争文化の中では、情報は共有されず、助け合いは生まれず、孤立が深まる。その結果、イノベーションは生まれにくくなる。

相田みつをの「うばい合えば足らぬ わけ合えばあまる」は、競争から協働への転換を示す。奪い合いではなく、分かち合い。この精神が、現代のビジネス界で求められている。

例えば、オープンイノベーション。企業が社外と協力し、共に価値を創造する動きである。競合企業同士が協力することさえある。この背景には、「一社では限界がある。分かち合えば、もっと大きな価値を生める」という認識がある。まさに「わけ合えばあまる」の実践である。

また、社内でも協働が重視されている。情報共有、知識の共有、ノウハウの共有——これらが組織の力を高める。「うばい合えば足らぬ」を実感した企業が、「わけ合えばあまる」の文化を作り始めている。


持続可能な成長と「一歩一歩だよ」

現代のビジネス界では、「持続可能性(Sustainability)」が重要なテーマである。短期的な利益を追求し、急成長を目指す経営は、もはや時代遅れである。環境破壊、社会問題、従業員の疲弊——こうした代償を払っての成長は、持続しない。

相田みつをの「一歩一歩だよ 一歩ずつ 歩くんだよ」は、持続可能な成長の哲学である。急がない。焦らない。ただ、確実に、一歩ずつ進む。この姿勢が、長期的な成功を生む

ある中小企業の経営者は語る。「以前は、急成長を目指していた。しかし無理が重なり、従業員が疲弊し、品質も低下した。相田の『一歩一歩』を知って、方針を変えた。無理な拡大はやめ、着実に成長する道を選んだ。結果、従業員の定着率が上がり、顧客満足度も向上した」。

また、相田の「毎日毎日の足跡が おのずから人生の答えを出す きれいな足跡には きれいな水がたまる」という作品も、ビジネスに示唆を与える。目先の結果だけを追わない。日々の行動の質を大切にする。誠実に、丁寧に、仕事をする。その積み重ねが、やがて大きな成果となって返ってくる。


リーダーシップ研修での活用——人間理解を深める

相田みつをの言葉は、リーダーシップ研修やマネジメント研修でも活用されている。優れたリーダーの条件は、人間を理解することである。部下の強みと弱みを理解し、適切に導く。これが、リーダーシップの本質である。

相田の言葉は、この人間理解を深める教材として優れている。「にんげんだもの」を読めば、人間の不完全さを受け入れられる。「そのままでいい」を読めば、部下をありのまま認められる。「一歩一歩だよ」を読めば、焦らず育てる忍耐力が身につく。

ある企業のリーダーシップ研修では、相田の作品を使ったワークショップを行っている。参加者に、相田の言葉を一つ選ばせ、それについて語り合わせる。「この言葉から、リーダーとして何を学ぶか」「自分のマネジメントに、どう活かすか」——こうした議論が、深い気づきを生む。

また、相田の言葉は、リーダー自身の心を支える。リーダーは孤独である。プレッシャーも大きい。そんなとき、「にんげんだもの」という言葉が、リーダーを楽にする。完璧なリーダーである必要はない。自分も人間だから。この自覚が、リーダーを謙虚にし、共感的にする。


企業理念に取り入れられる相田の言葉

相田みつをの言葉を、企業理念やビジョンに取り入れる企業も出てきている。ある介護事業会社は、「おかげさま」を企業理念の中心に据えた。介護は、まさに「おかげさま」の仕事である。利用者、家族、同僚、地域——無数の人々の支えの中で、サービスが成り立つ。この「おかげさま」の精神を、全従業員が共有することで、サービスの質が向上した

別の企業は、「にんげんだもの」を行動指針にした。失敗を恐れず挑戦する文化を作るためである。この指針が浸透すると、従業員が積極的に新しいアイデアを提案するようになった。失敗しても責められない。「にんげんだもの」だから。この安心感が、イノベーションを生んだ

また、相田の書そのものを、オフィスに飾る企業も多い。エントランス、会議室、執務スペース——様々な場所に、相田の書が掲示されている。毎日目にすることで、言葉が従業員の心に染み込む。そして、その言葉が、企業文化を形作っていく。


ビジネス界が求める「人間性の回復」

なぜ今、ビジネス界が相田みつをに注目するのか。それは、人間性の回復が求められているからである。20世紀のビジネスは、効率、生産性、数字を追求してきた。人間は、機械の部品のように扱われた。しかしその結果、人々は疲弊し、社会は歪んだ。

21世紀のビジネスは、人間中心でなければならない。人間の幸福、創造性、つながり——これらを大切にする経営が、持続可能である。相田みつをの哲学は、まさにこの人間中心の経営を示している。

行動経済学、心理的安全性、ウェルビーイング、協働、持続可能性——これらの現代的な経営概念は、全て相田の言葉と響き合う。相田は、理論ではなく、実感から語った。だから、その言葉には力がある。理論が後追いで証明したことを、相田は既に言語化していたのである。

ビジネス界は、相田みつをから学び始めている。数字だけを追う時代は終わった。人間を見つめ、人間を大切にする経営が、これからのスタンダードになる。相田みつをの言葉は、その道標となっている。


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相田みつをがどのように育ち、何を経験し、詩人・書家としての道を歩んだのか。故郷・足利の風土、貧困の中で学んだ人間理解、両親から受け継いだ価値観、戦争体験、師との出会い——彼の言葉の源泉となった人生の軌跡を辿ります。

1.生い立ちと人生

「にんげんだもの」「そのままでいい」——相田みつをの優しく力強い言葉は、彼自身の人生経験から生まれました。1924年、栃木県足利市に生まれ、貧しい家庭で育った少年時代。織物の街の職人気質、渡良瀬川の流れ、下町の人情が彼の感性を育みました。誠実に働く父、工夫と感謝を教えた母。戦争という時代の試練。書と禅の修行。そして独自の表現への目覚め——。相田みつをという人間を形作った原点と、その人生の物語をご紹介します。

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相田みつをの作品は、誰もが知る言葉と、独特の書体で表現されます。しかしそのシンプルな言葉の裏には、禅の思想、仏教哲学、そして深い人間理解が息づいています。なぜ「そのままでいい」と言えるのか。「一歩一歩」に込められた真意とは。「にんげんだもの」が持つ肯定の力はどこから来るのか。代表作を通じて、相田みつをの哲学を読み解きます。また、書と詩の融合という独自の表現スタイルがどのように生まれ、なぜ多くの人の心を掴むのかも探ります。

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