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第3話 コロナ禍で再評価された「つながり」の哲学

園児、男女 3.現代に生きる教え
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2020年、新型コロナウイルスのパンデミックが世界を襲った。ロックダウン、外出自粛、ソーシャルディスタンス——人々は物理的に分断され、孤立を余儀なくされた。しかしこの危機の中で、相田みつをの言葉が再び脚光を浴びた。「うばい合えば足らぬ わけ合えばあまる」「おかげさま」「いのちのバトンタッチ」——これらの言葉が、分断された社会に**「つながり」の大切さ**を思い出させた。買い占め騒動が起きる中、相田の「分かち合い」の思想がSNSで拡散された。医療従事者への感謝の声が広がる中、「おかげさま」の精神が見直された。コロナ禍で、相田みつを美術館館長の相田一人氏への取材が増え、「もし相田みつをがいま生きていたらどんな作品を書くのでしょうか」という質問が多く寄せられた。パンデミックという危機が、人間の本質的な問いを浮き彫りにした——私たちは孤立して生きているのではない。目に見えない無数のつながりの中で、生かされている。相田が遺した「思いやりと寛容の心」が、コロナの時代に何を語りかけているのか。


分断の時代——物理的距離と心の距離

2020年初頭から始まったコロナ禍は、人々を物理的に分断した。外出自粛、リモートワーク、オンライン授業——対面での交流が制限され、人と人が直接会うことが困難になった。ソーシャルディスタンス、マスク、アクリル板——物理的な距離を保つことが、命を守る手段となった。

しかしこの物理的な分断は、心の距離も生んだ。家族に会えない。友人と集まれない。大切な人の最期にも立ち会えない。人間は社会的な動物である。つながりなしには生きられない。その「つながり」が断たれたとき、人々は深い孤独と不安に襲われた。

また、コロナ禍は人々を分裂させもした。マスクをする派としない派。ワクチンを打つ派と打たない派。自粛を守る派と経済を優先する派——意見の違いが、人と人の間に対立を生んだ。SNSでは、互いを非難し合う声が溢れた。分断と対立——これがコロナ禍の副作用だった

この状況の中で、人々は気づき始めた。物理的な距離を取っても、心はつながっていられる。むしろ、つながりの大切さを、今こそ再認識しなければならない。そしてこの気づきが、相田みつをの言葉への注目を高めた。


買い占め騒動と「分かち合い」の再発見

コロナ禍初期、世界中で買い占め騒動が起きた。トイレットペーパー、マスク、消毒液——品薄になると聞けば、人々は店に殺到し、必要以上に買い込んだ。その結果、本当に必要としている人の手に物が届かなくなった。「うばい合えば足らぬ」——まさにこの状況だった

この混乱の中で、相田みつをの言葉がSNSで拡散された。「うばい合えば足らぬ わけ合えばあまる」。この言葉を見た人々は、はっとした。今自分がしていることは、まさに「奪い合い」ではないか。この言葉をきっかけに、多くの人が行動を変え始めた。必要な分だけ買う。隣の人のことも考える。困っている人に譲る。

実際、日本各地で「分かち合い」の動きが生まれた。マスクを手作りして配る人。食料を分け合う地域コミュニティ。医療従事者に食事を届ける飲食店——こうした小さな「分かち合い」が、社会を支えた。相田の言葉は、この「分かち合い」の精神を言語化し、行動を促す触媒となった。

また、海外でも同様の現象が起きた。イタリアの都市封鎖中、バルコニーから歌を歌い合う人々。イギリスで毎週決まった時刻に医療従事者に拍手を送る運動——物理的には離れていても、心はつながっている。相田の「分かち合い」の哲学が、国境を越えて実践された瞬間である。


「おかげさま」——見えないものへの感謝

コロナ禍は、「見えないもの」の重要性を浮き彫りにした。ウイルスは目に見えない。しかし、その影響は甚大である。同様に、私たちの生活を支える多くのものも、普段は目に見えない。インフラ、物流、医療、そして無数の人々の労働——これらが正常に機能しているからこそ、日常が成り立つ。コロナ禍で、この「見えない支え」が意識された

相田みつをの作品に「土の中の水道管、高いビルの下の下水、大事なものは表に出ない」というものがある。まさにコロナ禍で実感されたメッセージである。スーパーの棚に商品が並ぶのは、物流が機能しているから。電気が使えるのは、発電所で働く人がいるから。ゴミが回収されるのは、収集員が働いているから。これらの「見えない支え」に、人々は感謝し始めた

「おかげさま」という言葉も、コロナ禍で頻繁に聞かれるようになった。医療従事者への感謝。エッセンシャルワーカーへの感謝。そして、日常が続けられることへの感謝。当たり前だと思っていたことが、実は無数の人々の努力の上に成り立っていた。この気づきが、「おかげさま」の精神を蘇らせた

相田みつを美術館でも、コロナ禍中に「おかげさま」をテーマにした特別展示が行われた。多くの来場者が、作品の前で立ち止まり、感謝の気持ちを新たにした。ある来場者は語った。「コロナになって初めて、本当の意味で『おかげさま』が分かった気がします」。


命の尊さ——「いのち」への再認識

コロナ禍は、多くの命を奪った。愛する人を失った遺族。最前線で闘った医療従事者。自らも感染し、命の危険を感じた人々——コロナ禍は、命の儚さと尊さを、多くの人に実感させた。

相田みつをの「生きているということ いま生きているということ」という作品が、コロナ禍で多くの人に読まれた。今日も生きている。今日も呼吸している。これは当たり前ではない。奇跡である。コロナ禍で、この実感が深まった。

また、「いのちのバトンタッチ」という思想も、見直された。コロナで亡くなった人々の命は、無駄ではない。その命が教えてくれたこと——命の尊さ、つながりの大切さ、今を生きることの意味——を、私たちが受け継ぎ、次の世代に渡す。これが、生き残った者の責任である。

相田みつを美術館館長の相田一人氏は、コロナ禍で多く受けた質問「もし相田みつをがいま生きていたらどんな作品を書くのでしょうか」に対し、こう答えている。「もし自分が書いた作品の中で読んでもらいたいものがあるとすれば、一つはやはり『道』でしょうか」。「道」は、一歩一歩歩み続けることの大切さを説いた作品である。コロナ禍という困難な道を、諦めず、一歩ずつ歩む——この姿勢が、今必要とされている。


オンラインでつながる——デジタルが支えた「つながり」

コロナ禍は、物理的な接触を制限した。しかし同時に、デジタル技術が「つながり」を支えた。Zoom飲み会、オンライン帰省、リモートワーク——画面越しではあるが、人々はつながり続けた。

相田みつを美術館も、デジタル化を進めた。オンライン展示、SNSでの作品紹介、YouTubeでの朗読動画——物理的に美術館に来られない人々にも、相田の言葉を届ける努力をした。そして、この努力が実を結んだ。コロナ禍でも、いやコロナ禍だからこそ、相田の言葉を求める人々は増え続けた

SNSでは、「#おかげさま」「#つながり」といったハッシュタグで、相田の言葉が共有された。物理的には離れていても、デジタルを通じてつながる。そして、同じ言葉を共有することで、心がつながる。相田の言葉は、このデジタル時代の「つながり」を深める接着剤となった。


思いやりと寛容——分断を超える心

コロナ禍は、社会に分断と対立をもたらした。しかし同時に、思いやりと寛容の大切さも教えてくれた。意見が違っても、互いを尊重する。立場が違っても、理解しようと努める。この姿勢なしには、社会は崩壊する。

相田みつをが遺したのは、まさにこの「思いやりと寛容の心」である。「にんげんだもの」——人間は不完全である。だから、失敗する。意見も違う。しかし、それでいい。不完全さを受け入れ、互いに許し合う——この寛容さが、分断を超える鍵である。

コロナ禍で、医療従事者や感染者への差別が問題になった。しかし、相田の言葉は、この差別への抵抗ともなった。「にんげんだもの」——みんな同じ人間。誰も完璧ではない。誰もが、怖れ、不安を持っている。この共通性の認識が、差別を和らげる

また、「うばい合えば足らぬ わけ合えばあまる」は、対立ではなく協力を説く。敵対するのではなく、共に困難を乗り越える。この精神が、コロナ禍を乗り越える力となった。


コロナ後の世界——相田が示す道

コロナ禍は、やがて終息する。しかし、コロナ後の世界は、コロナ前とは違う。パンデミックが教えてくれたこと——命の尊さ、つながりの大切さ、見えないものへの感謝——これらを、忘れてはならない。

相田みつをの言葉は、コロナ後の世界を生きる指針となる。「一歩一歩だよ」——焦らず、確実に、前に進む。「おかげさま」——支え合い、感謝し合う。「わけ合えばあまる」——奪い合いではなく、分かち合う。「そのままでいい」——完璧を求めず、不完全さを受け入れる。

これらの教えは、コロナ禍だけでなく、あらゆる危機に通用する。災害、経済危機、戦争——人類は、これからも困難に直面するだろう。そのたびに、相田の言葉が、人々を支え、導くはずである。

コロナ禍が再評価したのは、相田みつをの「つながり」の哲学だけではない。それは、人間の本質そのものである。人は、つながりなしには生きられない。支え合い、分かち合い、感謝し合う——この当たり前のことが、どれほど大切か。コロナ禍は、それを教えてくれた。そして相田みつをの言葉は、その教えを言語化し、心に刻む力を持っている。


今日から実践する「つながり」の生き方

コロナ禍で学んだ「つながり」の大切さを、日常で実践する方法を紹介する。

1. 「おかげさま」を口にする: 一日一回、誰かに「おかげさまで」と言う。スーパーのレジ係、配達員、同僚——支えてくれる人に、感謝を伝える。

2. 小さな分かち合い: 余っているものがあれば、誰かに分ける。食べ物、情報、時間——小さな分かち合いが、大きなつながりを生む。

3. オンラインとオフラインの両立: デジタルの便利さを活用しつつ、対面での交流も大切にする。画面越しでも、心を込めて接する。

4. 見えないものに思いを馳せる: 水道、電気、物流——日常を支える見えない労働に、意識を向ける。感謝の気持ちを持つ。

5. 寛容の心を持つ: 意見が違う人にも、思いやりを持つ。「にんげんだもの」——この言葉を思い出し、許し合う。

これらは、特別なことではない。日常の中の小さな実践である。しかし、この積み重ねが、社会を変える。コロナ禍が教えてくれた「つながり」の大切さを、忘れずに生きよう。相田みつをの言葉を、指針にしよう。そして、分断ではなく、つながりの世界を、共に作っていこう。


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