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第9話 SNS時代における相田みつをの再評価

園児 3.現代に生きる教え
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スマートフォンの画面を指でスクロールし、タップして、シェアする——1991年に亡くなった相田みつをが、まさかSNS時代にこれほど受け入れられるとは、誰が予想しただろうか。Instagramの相田みつを美術館公式アカウント(@mitsuoaida_museum)には3,680人のフォロワーがおり、リール動画で詩作品の魅力を発信中である。2009年には早くもiPhone向けアプリ『みつをフォトアート』が登場し、相田の作品は世界へ配信された。デジタルネイティブ世代——物心ついたときからスマホやSNSが当たり前の若者たち——が、なぜ昭和の書家・詩人の言葉に惹かれるのか。それは、情報過多の時代だからこそ、シンプルで本質的な言葉が求められているからである。140文字のツイート、インスタの短い投稿、TikTokの15秒動画——相田の短い詩は、SNS時代の情報形式と完璧に適合する。そして何より、SNSで傷つき、疲れた心に、「にんげんだもの」「そのままでいい」という言葉が、深く響くのである。


相田みつを美術館、SNSへの早期参入

相田みつをとデジタルの出会いは、意外に早い。2007年、相田みつを美術館では、ニンテンドーDS用ソフト『こころに染みる毛筆で書く相田みつをDS』の体験デモが行われた。ゲーム機で相田の書を楽しめる——この試みは、当時としては先進的だった。

そして2009年、iPhone/iPod touch向けアプリケーション『みつをフォトアート』が発表された。このアプリは、相田の書と自分の写真を合成できるもので、相田の作品を初めて全世界へ配信した記念すべきプロジェクトとなった。スマートフォンが普及し始めた時代に、いち早くデジタル展開に踏み出したのである。

2011年には、書籍『にんげんだもの』と朗読版を再構成したiPhone向けアプリも配信開始。同年8月、当時の民主党代表・野田佳彦氏が演説で相田の詩「どじょう」を引用すると、美術館の来場者が急増し、詩集の注文が殺到した。デジタルとリアルが連動して、相田ブームが再燃したのである。

現在、相田みつを美術館公式Instagramアカウントは3,680フォロワーを持ち、リール動画で作品の魅力を発信している。実店舗の美術館が2024年1月に閉館した後も、オンラインでの発信は継続。デジタル空間で、相田の言葉は生き続けている。


シンプルな言葉とSNSの相性

相田みつをの詩は、驚くほど短い。「にんげんだもの」——わずか8文字。「つまづいたっていいじゃないか」——17文字。「そのままでいい」——8文字。この簡潔さが、SNS時代と完璧に適合する。

Twitterは基本的に140文字(現在のXは長文投稿も可能だが、短文の文化は根強い)。Instagramの投稿も、長文よりキャプションは短めが好まれる。TikTokは15秒〜1分の短い動画。現代人の注意力は分散しており、長い文章を読む余裕がない。タイパ(タイムパフォーマンス)を重視する若者にとって、相田の短い詩は、ストレスなく受け取れる。

しかも、相田の言葉は、一瞬で心に刺さる。長い説明はいらない。「にんげんだもの」と読んだ瞬間、何かが響く。SNSでスクロールする指が止まる。「いいね」を押す。保存する。シェアする——この一連の行動が、相田の言葉によって自然に引き起こされる。

ある大学生は語る。「Instagramで相田みつをの投稿を見つけて、スクリーンショットしました。落ち込んだとき、そのスクショを見返すんです。『そのままでいい』って。その言葉に、何度も救われてます」。


デジタルネイティブが求める「本質」

1990年代後半から2000年代前半に生まれたZ世代(デジタルネイティブ世代)は、物心ついたときからスマホやSNSが存在する。彼らは、情報の海で育った。しかし情報過多は、逆に本質への渇望を生む。

Z世代の特徴として、「本物志向」が挙げられる。表面的なイメージよりも本質的な品質、目先の経済的価値よりも社会貢献や倫理観——持続可能性を考慮した本物の価値を志向する。相田みつをの言葉は、まさにこの「本物」である。飾らない。誇張しない。ただ、人間の真実を語る。

また、Z世代は「多様性の尊重」を当然のものとして育った。同性婚への賛成、選択的夫婦別姓への支持——若い世代ほど高い。多様性とは、「違っていい」「そのままでいい」ということ。相田の「にんげんだもの」「そのままでいい」というメッセージは、Z世代の価値観と深く共鳴する。

ある20代の会社員は語る。「SNSを見ていると、みんなキラキラしていて、完璧で、自分だけがダメな気がしてくる。でも相田みつをの言葉を読むと、『完璧じゃなくていいんだ』って思える。それが救いなんです」。


SNSで傷つく心を癒す言葉

SNSは、人と人をつなぐ。しかし同時に、人を傷つける場所でもある。誹謗中傷、炎上、比較による劣等感、「いいね」の数による自己評価——SNSは、心を疲弊させる。

特に若い世代は、SNS疲れを抱えている。常に他人の目を気にし、「映える」投稿を作り、フォロワーを増やすことに疲れる。「本当の自分」を出せない息苦しさ。Z世代マーケティングに関する調査では、Z世代の18.2%が「Z世代向けの施策に違和感を覚える」と回答し、その理由の57.3%が「年齢や世代で固定されたイメージが強化されてしまうから」だった。ラベルを貼られること、枠にはめられることへの抵抗である。

こうしたSNS時代の疲れに、相田みつをの言葉が寄り添う。「つまづいたっていいじゃないか にんげんだもの」——失敗してもいい。「そのままでいい」——無理に変わらなくていい。「しあわせはいつも自分のこころがきめる」——他人の評価ではなく、自分の心が大事。

ある10代の女性は、SNSで相田の言葉に出会った。「Instagramで病んでるとき、相田みつをの『だれにだってあるんだよ ひとにはいえないくるしみが』って詩を見つけて、泣きました。自分だけじゃないんだって」。


画像化される相田の作品——シェアされる言葉

SNS時代の特徴は、言葉が画像としてシェアされることである。相田みつをの作品は、もともと書と詩が一体化している。文字そのものが芸術作品である。この特性が、画像文化のSNSと相性抜群なのである。

Instagramでは、美しい画像が好まれる。相田の書は、視覚的にインパクトがある。独特の書体、力強い筆の運び、余白の美——スクロール中の指を止める力がある。ユーザーは、相田の作品をスクリーンショットし、ストーリーズでシェアし、友人に送る。

また、ユーザー自身が相田風の画像を作ることもある。2009年に登場した『みつをフォトアート』アプリのように、相田の書と自分の写真を組み合わせたり、相田の言葉を引用したオリジナル画像を作成したり。相田の言葉が、個人の表現の一部になる。

ある美大生は語る。「相田みつをの書って、デザインとしても優れてるんです。余白の使い方、文字の配置、リズム——全部計算されてる。だからSNSで映える。私も相田さんの作品をリスペクトして、自分の作品に取り入れてます」。


インフルエンサーが語る相田みつを

SNS時代には、インフルエンサーという存在がいる。多くのフォロワーを持ち、影響力のある人々。彼らが相田みつをの言葉を引用し、シェアすることで、若い世代に広がる。

あるライフスタイル系インフルエンサー(フォロワー50万人)は、定期的に相田みつをの言葉を投稿する。「疲れたとき、相田みつをさんの言葉に救われます。皆さんにも届けたくて」というキャプションとともに、「にんげんだもの」の画像を投稿すると、10万以上の「いいね」がつく。

また、メンタルヘルス系のアカウントも、相田の言葉を頻繁に引用する。「自己肯定感を高める言葉」「心が楽になる詩」として、相田みつをがシェアされる。フォロワーからは「この言葉、今の自分に必要でした」「泣きました」「ありがとうございます」というコメントが殺到する。

相田みつを美術館の公式アカウントだけでなく、無数の個人アカウントが相田の言葉を広めている。SNSは、相田の言葉を拡散する巨大なネットワークとなっている。


「#にんげんだもの」——ハッシュタグで広がる共感

SNSでは、ハッシュタグが重要な役割を果たす。「#にんげんだもの」「#相田みつを」「#そのままでいい」——これらのハッシュタグで検索すると、無数の投稿が見つかる。

人々は、自分の失敗談や苦労話とともに、「#にんげんだもの」とハッシュタグをつける。「今日もミスしちゃった。でも#にんげんだもの」「完璧じゃない自分を許す。#にんげんだもの」——相田の言葉が、共感のキーワードになっている。

また、美しい風景写真や日常のスナップに、相田の言葉を重ねる投稿も多い。夕日の写真に「しあわせはいつも自分のこころがきめる」、雨の日の写真に「雨の日には雨の中を」——相田の言葉が、写真に意味を与える。

ハッシュタグは、コミュニティを形成する。同じハッシュタグを使う人々は、価値観を共有している。「#にんげんだもの」で繋がる人々は、不完全さを受け入れるという共通の姿勢を持つ。SNSで孤独を感じる若者たちが、相田の言葉を通じて、繋がりを見出す。


Z世代が嫌う「Z世代マーケティング」と相田の普遍性

興味深いことに、Z世代の多くは「Z世代向けの施策」に違和感を覚える。ある調査では、Z世代の57.3%が「年齢や世代で固定されたイメージが強化されてしまうから」施策に不満を持つと回答した。また、55.4%が「Z世代でない人が『Z世代』について語る内容に違和感を覚える」としている。

つまり、Z世代は「Z世代」とひとくくりにされることを嫌うのである。彼らは、個々の多様性を尊重されたい。固定観念で語られたくない。トレンドに乗っただけの表面的な理解では、心に届かない。

相田みつをが若い世代に受け入れられる理由は、ここにある。相田の言葉は、「若者向け」ではない。「Z世代向け」でもない。すべての世代に向けた、普遍的な人間理解である。「にんげんだもの」は、20代にも、40代にも、70代にも響く。年齢で区切らない。世代でラベルを貼らない。ただ、人間であることの本質を語る。

Z世代が求めるのは、「自分の興味や好みに合わせたもの(37.6%)」「トレンドに左右されない持続的な価値を提供するもの(22.8%)」「Z世代という括りを意識しないで、個々の多様性や価値観に配慮したもの(22.0%)」である。相田の言葉は、まさにこれらすべてを満たしている。


デジタルとアナログの融合——オンラインで出会い、リアルで深める

SNSで相田の言葉に出会った若者たちは、その後どうするか。多くの人が、リアルな体験を求める。書籍を買う、美術館オンラインショップでグッズを購入する、カレンダーを部屋に飾る——デジタルで出会った言葉を、アナログで深めるのである。

Z世代は、デジタルネイティブでありながら、リアル体験に価値を感じる世代でもある。オンラインが当たり前だからこそ、オフラインの体験が特別になる。SNSで相田の詩に感動した若者が、実際に詩集を手に取り、ページをめくり、書の質感を感じる——この体験が、言葉をさらに深く心に刻む。

ある大学生は語る。「Instagramで相田みつをを知って、本屋で詩集を買いました。スマホで見るのとは違う。本で読むと、もっと深く入ってくる。部屋に置いて、疲れたときに手に取ります」。

2024年1月に実店舗の美術館が閉館したが、オンラインショップは継続している。デジタル時代だからこそ、場所を問わず、世界中の人々が相田の作品にアクセスできる。SNSで出会い、オンラインで購入し、リアルで体験する——このデジタルとアナログの融合が、相田みつをの継承の新しい形である。


SNS時代だからこそ必要な「人間であること」の再確認

SNSは、人間を効率化する。プロフィール、フォロワー数、「いいね」数——人間が数値で評価される。投稿は戦略的に計画され、エンゲージメント率が分析される。人間関係は、フォロー/フォロー解除で管理される。この効率化された世界で、人間は人間であることを忘れがちになる。

相田みつをの「にんげんだもの」は、この忘却への抵抗である。完璧じゃない。失敗する。迷う。傷つく——それでいい。それが人間だから。SNSで「完璧な自分」を演じ続けることに疲れた若者たちが、相田の言葉に「本当の自分」を取り戻す許可を得る。

ノーベル経済学賞を受賞した行動経済学者リチャード・セイラー教授は、相田みつをの言葉について「人は必ずしも合理的でないことを前提にする。こういう考え方は行動経済学につながる」と語った。人間は合理的ではない。感情的で、不完全で、予測不可能——それが人間の本質である。相田の言葉は、この本質を肯定する。

SNS時代だからこそ、相田みつをの言葉が必要とされる。デジタルの海で溺れそうになったとき、「にんげんだもの」という言葉が、浮き輪になる。スマホの画面越しに、相田の書が語りかける。**「あなたは、そのままでいい」**と。


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1.生い立ちと人生

「にんげんだもの」「そのままでいい」——相田みつをの優しく力強い言葉は、彼自身の人生経験から生まれました。1924年、栃木県足利市に生まれ、貧しい家庭で育った少年時代。織物の街の職人気質、渡良瀬川の流れ、下町の人情が彼の感性を育みました。誠実に働く父、工夫と感謝を教えた母。戦争という時代の試練。書と禅の修行。そして独自の表現への目覚め——。相田みつをという人間を形作った原点と、その人生の物語をご紹介します。

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2.名言・哲学・作品世界

相田みつをの作品は、誰もが知る言葉と、独特の書体で表現されます。しかしそのシンプルな言葉の裏には、禅の思想、仏教哲学、そして深い人間理解が息づいています。なぜ「そのままでいい」と言えるのか。「一歩一歩」に込められた真意とは。「にんげんだもの」が持つ肯定の力はどこから来るのか。代表作を通じて、相田みつをの哲学を読み解きます。また、書と詩の融合という独自の表現スタイルがどのように生まれ、なぜ多くの人の心を掴むのかも探ります。

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3.現代に生きる教え

相田みつをの言葉は、時代を超えて輝き続けています。デジタル時代、彼の作品はSNSで共有され、若い世代にも届いています。相田みつを美術館は多くの人が訪れる癒しの場となり、学校教育では人権や道徳の教材として活用されています。効率と成果を求められる現代社会で、「そのままでいい」という言葉はなぜ響くのか。メンタルヘルスの時代に、彼の哲学が果たす役割とは。ビジネス界での再評価、グローバル化の中での普遍性——相田みつをの教えが現代に生きる意味を探ります。

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