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第7話「おかげさま」に流れる感謝の心

園児 2.名言・哲学・作品世界
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「私の、このヘタな文字、つたない文章も、見てくれる人のおかげで書かせていただけるんです。『おかげさんで』でないものは、この世に一つもありません。みんな『おかげさん』で成り立っているんです」——相田みつをの「おかげさま」は、単なる社交辞令ではない。仏教の「縁起」思想に根ざした、深い人間理解と宇宙観の表現である。自分一人でできることは何もない。すべては関係し合い、支え合って成り立っている。この「持ちつ持たれつ」の真理を、相田は「おかげさま」という日本語の中に見出した。「いいことはおかげさま わるいことは身から出たさび」——この対句には、謙虚さと自己責任のバランスが示されている。現代社会で失われつつある感謝の心を、なぜ相田は大切にしたのか。その深層を探る。


仏教の「縁起」——すべては関係の中に

相田みつをの「おかげさま」思想の根底にあるのは、仏教の「縁起」である。縁起とは、すべてのものが相互に関係し合って存在しているという教えだ。単独で存在するものは何もない。すべては「縁」によって「起こる」。これが縁起である。

相田はこう解説している。「どんなことでも、自分一人だけでできるものは一つもありません。働く、という一つの行為を例にとっても、働くのは自分の意志だけれど、働く仕事や場所がなければ働くことはできませんね。だから働くということは、同時に働かせていただくことです」。働くことでさえ、自分だけの力ではない。仕事があること、職場があること、同僚がいること、顧客がいること——これらの全てが揃って、初めて「働く」ことができる。

さらに相田は続ける。「つまり、すべての物事は、いろいろなものと関係し合ってできる。『持ちつ持たれつ』なんです。それを縁起というんです」。この「持ちつ持たれつ」という表現が、絶妙である。支えるだけでもなく、支えられるだけでもなく、相互に支え合っている。この関係性こそが、存在の本質なのだ。

現代科学も、この真理を証明している。生態系を見れば、すべての生物が相互依存している。植物は光合成で酸素を作り、動物はその酸素を吸う。動物は二酸化炭素を出し、植物はそれを吸収する。分解者は死んだ生物を土に戻し、植物はその栄養を吸収する。どれ一つ欠けても、システムは崩壊する。これが縁起の現実である。


「生きる」ではなく「生かされている」

相田は言う。「わたし達は、あらためて意識するしないにかかわらず、多くの人や様々な物の<おかげ>でいまのいのちを生きているんです。いや、生かされているんです。生きるということは、同時に生かされていることです。生かされているから『おかげさま』なんです」。

この「生きる」から「生かされている」への視点の転換が、重要である。現代人は「自分の力で生きている」と思いがちだ。自分で働き、自分でお金を稼ぎ、自分で食事を買い、自分で家を借りる。全て自分の力だ、と。しかし本当にそうだろうか。

朝、目が覚める。これは自分の力か。心臓が動き、肺が呼吸し、脳が機能している。これらは全て、自分の意志とは無関係に、自動的に働いている。命そのものが、すでに「生かされている」証拠である。水道をひねれば水が出る。これは、浄水場で働く人、水道管を維持する人、そして大自然の恵みがあってこそ。電気がつく。発電所、送電線、無数の技術者の支え。食事ができる。農家、漁師、流通、店員——数え切れない人々の手を経て、食べ物が届く。

相田はこの事実を、「おかげさま」という言葉で表現した。自分一人では、一日たりとも生きられない。無数の支えによって、生かされている。この自覚が、謙虚さを生み、感謝を育む。


「いいことはおかげさま わるいことは身から出たさび」

相田みつをの代表作の一つに、「いいことはおかげさま わるいことは身から出たさび」がある。この対句は、謙虚さと自己責任のバランスを見事に表現している。

「いいことはおかげさま」——良いことが起きたとき、人は「自分の力だ」と思いたくなる。成功は自分の努力の結果だ、と。しかし相田は言う。いいことは、おかげさま、と。成功には、必ず他者の支えがある。自分の努力も大切だが、それだけでは成功しない。タイミング、運、周囲のサポート——これらの全てが揃って、初めて成功する。だから、成功したら「おかげさまで」と感謝する。

この姿勢は、傲慢を防ぐ。「自分の力だ」と思えば、人は傲慢になる。他者を見下し、感謝を忘れる。しかし「おかげさまで」と思えば、謙虚でいられる。他者への感謝が生まれ、人間関係が円滑になる。謙虚さは、人を孤立から守る

一方、「わるいことは身から出たさび」——悪いことが起きたとき、人は「他人のせい」「環境のせい」にしたくなる。しかし相田は言う。わるいことは、身から出たさび、と。自分の行いの結果として受け止めよ、と。

この姿勢は、成長を促す。他人のせいにすれば、何も学べない。しかし自分の責任として受け止めれば、反省し、改善できる。「何が悪かったのか」「どうすればよかったのか」——この内省が、人を成長させる。また、他人を責めることで生じる怒りや憎しみからも解放される。自己責任の自覚が、心の平穏を保つ

ただし、この「身から出たさび」は、自分を責めすぎることとは違う。すべての悪いことが自分のせいではない。理不尽な出来事もある。相田が言いたいのは、変えられることにフォーカスせよ、ということだ。他人や環境は変えられない。しかし自分は変えられる。だから、自分にできることを考え、行動する。これが「身から出たさび」の真意である。


日本語「おかげさま」の深い意味

「おかげさま」という日本語には、独特の深みがある。誰のおかげかを特定しない。神仏のおかげか、親のおかげか、友人のおかげか——それを明確にせず、ただ「おかげさま」と言う。この曖昧さこそが、豊かさである。

すべてのおかげ。見えるものも、見えないものも。人も、自然も、偶然も。全ての支えに対して、包括的に感謝する。この感覚が、日本人の「感謝の心」を育ててきた。相田みつをは、この日本語の美しさを再発見し、作品として表現した。

また、「おかげさま」には、受動性がある。「私が頑張った」ではなく、「おかげさまで」。主体を自分から移す。この謙虚な姿勢が、日本文化の美徳とされてきた。しかし現代社会では、この美徳が失われつつある。「俺が、俺が」という自我の主張が強まり、「おかげさま」が減っている

相田の別の作品に、こうある。「『俺が』『俺が』を捨てて『おかげさまで』『おかげさまで』と暮らしたい」。自我を前面に出すのではなく、感謝を前面に出す。この転換が、人間関係を円滑にし、心を豊かにする。


「見えないもの」への感謝——冥加の思想

「おかげさま」には、「冥加(みょうが)」という仏教用語の影響もある。冥加とは、目に見えない神仏の加護を意味する。「冥」は暗い、つまり目に見えない。「加」は加わる。目に見えない支えが、常に私たちに加わっている——これが冥加である。

相田の作品に「土の中の水道管、高いビルの下の下水、大事なものは表に出ない」というものがある。私たちの生活を支える重要なものは、目に見えないところにある。水道管、下水、電線、通信ケーブル——これらは地中にあり、普段は意識しない。しかし、これらがなければ、生活は成り立たない。

同様に、人の支えも、多くは目に見えない。親が幼い頃に与えてくれた愛情。先生が教えてくれた知識。見知らぬ人の小さな親切。これらは形として残らないが、確実に私たちを支えている。「おかげさま」は、こうした見えない支えへの感謝でもある。

また、自然の恵みも、目に見えない。空気、水、太陽の光——これらは当たり前すぎて、普段は意識しない。しかし、どれか一つでも欠ければ、私たちは生きられない。相田の「おかげさま」は、こうした宇宙的なスケールの支えへの感謝も含んでいる。


感謝が生む心の豊かさ

相田は言う。「『おかげさま』ということばは、『ありがたい』『感謝』という心から自然に出てくるもので、不満や不足からは出てきません」。この指摘は、深い。感謝と不満は、共存しない。感謝の心があれば、不満は消える

現代人の多くは、不満を抱えている。「もっと給料が欲しい」「もっと時間が欲しい」「もっと評価されたい」——常に「足りない」と感じている。しかし、「おかげさま」の視点で見ると、景色が変わる。今、仕事があること。今、健康であること。今、家族がいること。**全てが「おかげさま」**である。

心理学の研究でも、感謝の効果が実証されている。感謝の気持ちを持つ人は、幸福度が高く、ストレスが少なく、人間関係も良好である。「感謝日記」をつけるだけで、精神的健康が改善する。相田の「おかげさま」は、現代心理学が証明する幸福の秘訣を、何十年も前から実践していたのである。

また、感謝は循環する。感謝されると、人は嬉しい。そして、その人も他者に感謝する。この好循環が、社会全体を温かくする。相田の「おかげさま」は、個人の幸福だけでなく、社会の調和をも目指している。


現代社会で失われた「おかげさま」を取り戻す

現代社会では、「おかげさま」が減っている。個人主義が強まり、「自分の力で生きる」ことが美徳とされる。しかしその結果、孤立が増え、感謝が減り、不満が増えている。相田の「おかげさま」は、この流れへの警鐘である。

では、どうすれば「おかげさま」を取り戻せるか。以下の実践が有効である。

1. 朝の感謝: 目が覚めたら、「今日も生きている、おかげさまで」と心の中で言う。

2. 食事の感謝: 食べる前に、「いただきます」を心を込めて言う。作った人、育てた人、運んだ人——全てに感謝する。

3. 日常の感謝: 水を飲むとき、電車に乗るとき、道を歩くとき——その都度、「おかげさまで」と心の中で言う。

4. 人への感謝: 些細なことでも、「ありがとう」「おかげさまで」と口に出す。この習慣が、人間関係を変える。

5. 夜の振り返り: 寝る前に、今日一日の「おかげさま」を思い出す。誰に、何に支えられたか。

これらは特別なことではない。ただ、意識的に感謝するだけである。しかしこの意識の転換が、人生を変える。不満が減り、幸福感が増し、人間関係が良くなる。相田みつをの「おかげさま」を、今日から実践しよう。


「おかげさま」が開く新しい生き方

「おかげさま」は、単なる感謝の言葉ではない。それは、生き方の哲学である。自分一人で生きているのではない。無数の支えによって、生かされている。この自覚が、謙虚さを生み、感謝を育み、人とのつながりを深める。

相田みつをは、この哲学を生涯貫いた。自分の作品が認められたとき、「見てくれる人のおかげで書かせていただけるんです」と言った。成功を自分の手柄にせず、読者に感謝した。この姿勢が、多くの人に愛される理由である。

「おかげさんで」でないものは、この世に一つもありません。みんな「おかげさん」で成り立っているんです——相田のこの言葉を、心に刻もう。そして、日々の暮らしの中で、「おかげさま」を実践しよう。この小さな言葉が、あなたの人生を、そして社会を、温かく変えていく。


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