半世紀近くにわたり中国政治を見つめ続けてきた研究者がいます。慶應義塾大学名誉教授の国分良成氏は、現代中国の政治と官僚制を研究し、サントリー学芸賞を受賞した日本を代表する中国研究の第一人者です。
2012年から2021年まで9年間、防衛大学校長として若き幹部候補生たちの教育に尽力し、2022年には『防衛大学校 知られざる学び舎の実像』を出版。研究者としての深い洞察と、教育者としての温かなまなざしを兼ね備えた国分氏の人生には、複雑な日中関係を誠実に見つめ続けてきた知恵が詰まっています。
内政と外交を関連づけながら東アジアの未来を考え続ける国分氏の姿勢は、不確実な時代を生きる私たちに大切な視座を与えてくれます。
著者の基本情報
- 氏名(ふりがな): 国分良成(こくぶん りょうせい)
- 生年月日: 1953年11月1日
- 学歴: 慶應義塾大学法学部政治学科卒業、同大学院法学研究科修士課程修了、同大学院法学研究科博士課程単位取得退学、2002年博士(法学)取得
- 経歴: 1981年慶應義塾大学法学部専任講師、1985年同助教授、1992年同教授、1999-2007年慶應義塾大学東アジア研究所長、2007-2011年慶應義塾大学法学部長、2012-2021年防衛大学校長。この間、ハーバード大学、ミシガン大学、復旦大学、北京大学、台湾大学の客員研究員を歴任
- 現職: 慶應義塾大学名誉教授、公益財団法人総合研究開発機構理事
- 専門: 現代中国政治、中国外交、東アジア国際関係、中国共産党研究
- 紹介文: 東京都出身。2005-2007年アジア政経学会理事長、2006-2008年日本国際政治学会理事長を歴任。1997年『アジア時代の検証 中国の視点から』でアジア・太平洋賞特別賞、2004年『現代中国の政治と官僚制』でサントリー学芸賞、2017年『中国政治からみた日中関係』で樫山純三賞を受賞。中国の党と国家の権力構造を分析し、日中関係の在り方を提言し続けてきた。
中国政治の本質を見つめる研究者の眼差し
国分氏の研究の原点は、石川忠雄教授との出会いにあります。慶應義塾大学で中国政治を学び始めた国分氏は、師から「現場を知ること」の重要性を教わりました。1982年から83年にかけてハーバード大学、ミシガン大学で研究を重ね、1987年には復旦大学、1997年には北京大学、1998年には台湾大学で客員研究員として滞在。中国本土だけでなく、台湾、香港、そして海外の視点から中国を多角的に観察してきました。
国分氏の研究の特徴は、中国共産党の権力構造を緻密に分析することにあります。2004年に出版した『現代中国の政治と官僚制』は、国家計画委員会を中心に中国の官僚制度を実証的に解明した画期的な研究として、サントリー学芸賞を受賞しました。表面的な現象ではなく、権力の仕組みそのものを理解しようとする姿勢。それが国分氏の一貫したアプローチです。
また、国分氏は「外交は内政の延長である」という視点を重視します。中国の対外政策を理解するには、国内の政治状況を知る必要がある。習近平政権の厳しい対日姿勢の背景にも、国内の政治社会における矛盾があると指摘します。この視点は、私たちが国際情勢を理解する上でも大切な示唆を与えてくれます。
日中の架け橋としての学術交流
国分氏の活動で特筆すべきは、日中の学術交流に果たした役割です。現在、中国共産党政治局常務委員で党内序列第4位の王滬寧氏。彼が復旦大学教授だった時代、国分氏は5回ほど王氏を日本に招聘しました。1992年10月には、日本学術振興会の招聘で王氏が慶應義塾大学法学部の訪問教授として1カ月滞在し、国分氏と共にアジア政経学会などに参加して交流を深めました。
これは単なる学術交流ではなく、将来の中国指導者との信頼関係を築く重要な機会でもありました。国分氏は「政治的にやや微妙な話なので、あまり話してこなかった」と述べていますが、こうした地道な交流が日中関係の基盤を支えてきたのです。現在の複雑な日中関係を考える時、こうした歴史的な経緯を知ることは「わかる!」という納得感をもたらしてくれます。
国分氏の姿勢には、イデオロギーではなく現実を直視する誠実さがあります。日本の対中政策について、「初めから中国を根本的に変えることなど無理だということを前提に、できるだけ国際レジームの中に中国を引き入れたい」という考え方を示しています。理想と現実のバランスを取りながら、粘り強く関係を築いていく。そんな姿勢が感じられます。
防衛大学校長として若者と向き合った9年間
2012年、国分氏は防衛大学校長に就任しました。「中国通」が防衛の要を担う大学のトップに就くことに、当初は驚きの声もありましたが、国分氏は9年間、若き幹部候補生たちの教育に全力を注ぎました。
防衛大学校での経験について、国分氏は「国民のために働きたいといった志を持った若者が集まっており、その純粋さに逆にこちらが刺激された」と振り返っています。一般大学と違い、防衛大学校の学生たちは「人のため、公のために働く」という明確な目的を持っています。その真摯さ、純粋さに、国分氏自身が教えられることが多かったといいます。
2022年に出版した『防衛大学校 知られざる学び舎の実像』には、9年間の経験が凝縮されています。大学であると同時に士官学校でもあるという、防衛大学校の独自性。教育と訓練、リーダー養成と国防という、複数の要素をバランスよく両立させることの難しさ。そして何より、志を持った若者たちの姿。この著作からは、教育者としての国分氏の温かなまなざしが感じられます。
防衛大学校長という経験は、国分氏の中国研究にも新たな視点をもたらしたことでしょう。安全保障の現場を知ることで、安全保障政策の理論と実践がより深く結びついたのです。
人生観と哲学 現実を見つめる誠実さ
国分氏の人生観を象徴するのが、「外交は内政の延長である」という言葉です。これは単なる学術的な視点ではなく、人生哲学でもあります。外に見える現象の背後には、必ず内側の事情がある。表面だけを見ていては本質は理解できない。この姿勢は、私たちの日常生活にも通じる知恵ではないでしょうか。
また、国分氏は日本の対中政策について、アメリカとは異なるアプローチを評価しています。アメリカは「中国をアメリカ的な社会にしたい」という思い込みが強く、思い通りにならないと裏切られたと感じる。一方、日本は初めから中国を根本的に変えることは無理だと理解し、国際レジームの中に引き入れようとしてきた。この柔軟性こそが、日本外交の強みだというのです。
完璧を求めず、現実と向き合う。理想を持ちながらも、相手を変えようとするのではなく、共存の道を探る。この姿勢は、人間関係においても大切な態度です。国分氏の研究と人生は、そんなメッセージを私たちに届けてくれています。
代表書籍紹介
1. 『防衛大学校 知られざる学び舎の実像』(中央公論新社、2022年)
9年間の防衛大学校長としての経験を綴った一冊です。戦後日本が生み出した「叡智の結晶」ともいえる防衛大学校の実像を、教育、訓練、リーダー養成、国防という多面的な視点から描いています。志を持った若者たちの姿と、その教育に携わる人々の思いが温かく伝わってくる著作です。
2. 『中国政治からみた日中関係』(岩波書店、2017年)
2017年樫山純三賞を受賞した重要な著作です。中国の内政と外交を関連づけながら、日中関係の過去、現在、未来を考察しています。尖閣問題、歴史認識、経済関係など、複雑な日中関係を中国政治の構造から読み解く視点は、「そういうことだったのか」という納得感をもたらしてくれます。
3. 『現代中国の政治と官僚制』(慶應義塾大学出版会、2004年)
2004年度サントリー学芸賞を受賞した国分氏の代表作です。中国の国家計画委員会を中心に、官僚制度の実態を緻密に分析した研究書。中国共産党と政府の関係、権力構造の本質を理解するための必読書です。専門的でありながらも、丁寧な説明で読み進められる良書です。
4. 『中華人民共和国』(筑摩書房、1999年)
ちくま新書として出版された中国入門書です。中華人民共和国の成立から改革開放まで、現代中国の歩みをわかりやすく解説しています。一般読者向けに書かれており、中国政治の基礎を学びたい方に最適な一冊です。国分氏の幅広い知識と平易な文章が光ります。
5. 『アジア時代の検証 中国の視点から』(朝日新聞社、1996年)
1997年度アジア・太平洋賞特別賞を受賞した著作です。冷戦終結後のアジアを、中国の視点から検証した意欲作。日本からだけでなく、中国の視点に立ってアジアを見ることで、より立体的な理解が得られます。多角的な視点の重要性を教えてくれる一冊です。
まとめ 誠実に向き合い続けた半世紀
国分良成氏の人生と研究は、誠実に対象と向き合い続けることの大切さを教えてくれます。半世紀近くにわたり中国政治を見つめ、日中関係の架け橋となり、若者の教育に尽力してきたその姿勢には、一貫した哲学があります。
それは「現実を直視する」ということ。理想を語ることは大切です。しかし、現実から目を背けていては、真の解決策は見つかりません。中国を変えようとするのではなく、中国を理解し、共存の道を探る。その姿勢こそが、国分氏が一貫して示してきたアプローチです。
2026年現在、日中関係は依然として複雑です。台湾情勢、米中対立、経済の相互依存と安全保障上の懸念。様々な要素が絡み合う中で、私たちはどう向き合えばよいのか。国分氏の研究は、そのヒントを与えてくれます。
「外交は内政の延長である」という視点で相手を理解すること。完璧を求めず、現実的な解決策を探ること。そして何より、粘り強く対話を続けること。国分氏の半世紀の歩みが教えてくれる、そんな知恵を胸に、私たちも複雑な時代を生きていきたいものです。
中国研究の第一人者でありながら、防衛大学校長として若者と向き合い、学術交流を通じて日中の架け橋となってきた国分良成氏。
その誠実な姿勢は、研究者だけでなく、様々な立場で国際関係に関わる私たち一人ひとりにとって、大切な指針となるはずです。
ここまで、時間を分けてくださり、ありがとうございます。
もし、まだ少しだけ余白が残っているなら。
もうひとつの視点を。
いづれかの言葉が、ゆっくり馴染みますように。
それぞれの一日を。


