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【西部邁】歴史の知恵を守り抜いた真正保守の思想家

赤ちゃんとゴリラ 保守政治と国家論の著者
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60年安保の闘士から保守思想の論客へ。複雑な軌跡を辿った思想家がいました。元東京大学教養学部教授の西部邁氏は、高度大衆社会を批判し、保守思想の真髄を問い続けた稀代の知識人でした。

『経済倫理学序説』で吉野作造賞、『生まじめな戯れ』でサントリー学芸賞を受賞し、テレビ朝日「朝まで生テレビ!」では保守派論客として存在感を示しました。

雑誌『発言者』『表現者』を主宰し、真正保守の論壇を築き上げた西部氏。その思想の核心は、合理や論理の前提には歴史の知恵が存在するという信念でした。2018年に78歳でこの世を去るまで、軽佻浮薄なアメリカ合理主義に染まった戦後日本を問い続けた西部氏の人生と思想を辿ります。


著者の基本情報

  • 氏名(ふりがな): 西部邁(にしべ すすむ)
  • 生年月日: 1939年10月15日〜2018年1月21日
  • 学歴: 東京大学経済学部卒業、東京大学大学院経済学研究科理論経済学専攻修士課程修了
  • 経歴: 横浜国立大学経済学部助教授、東京大学教養学部助教授、1986年東京大学教養学部教授、1988年東京大学辞職、鈴鹿国際大学客員教授、秀明大学教授・学頭を歴任、1994-2005年言論月刊誌『発言者』主幹、雑誌『表現者』顧問
  • 現職: (故人・生前は評論家、秀明大学名誉教授)
  • 専門: 社会経済学、保守思想、大衆社会論
  • 紹介文: 北海道札幌市出身。1960年安保闘争に参加後、カリフォルニア大学バークレー校、ケンブリッジ大学で研究。1980年代から保守の論客として高度大衆社会、アメリカニズムを批判。1983年吉野作造賞、1984年サントリー学芸賞、1992年正論大賞、2010年芸術選奨文部科学大臣賞受賞。オルテガに影響を受けた大衆社会論を展開し、真正保守思想の伝道師として活躍。

大衆社会への警鐘 保守の原点

西部氏の思想の原点は、1983年に出版された『大衆への反逆』にあります。この評論集で、西部氏は論壇に鮮烈なデビューを果たしました。田中角栄からハイエクまでを縦横無尽に論じ、戦後日本に見事に定着した大衆社会に警鐘を鳴らしたのです。

西部氏が影響を受けたのは、スペインの哲学者ホセ・オルテガ・イ・ガセットでした。オルテガは『大衆の反逆』で、「大衆とは自己への懐疑を忘れた者である」と定義しました。西部氏もまた、知識人さえも大衆人と化した日本社会を厳しく批判しました。大衆化した知識人、知識人化した大衆、そして民主主義やコスモポリタニズムを拡散するマスメディア。こうした現象を徹底的に批判したのです。

西部氏の保守思想のエッセンスを一言で表せば、「合理や論理の前提には、当然に歴史の知恵というものが存在しており、そうした経験論的な英知の塊である伝統を我々はもっと大切にすべきである」ということでした。これは軽佻浮薄なアメリカ合理主義や、それに染まって大切なものを壊してしまっている戦後日本への糾弾でもありました。人々は歴史の中でさまざまな成功や失敗を繰り返しており、その経験を通じてある種の平衡感覚を身につけている。それが「伝統」であるという考えに基づいていたのです。


60年安保からの転身と思想の深化

西部氏の人生は、矛盾に満ちているようでいて、実は一貫していました。1960年、東京大学の学生だった西部氏は、60年安保闘争に参加しました。ブント(共産主義者同盟)の一員として、激しい街頭闘争を展開したのです。しかし1961年、左翼過激派と訣別。1972年、連合赤軍による山岳ベース事件の報道を目にし、少なくとも左翼に共感していたことへの道徳的反省をせざるをえなくなりました。

この経験が、西部氏の保守思想を深めることになります。真の保守主義者にとって、熱狂と冷静の間にある中庸を知るには、熱狂体験を経ていないと片手落ちなのです。バーク、メーストル、トクヴィルら保守の先覚者が、若い時分はこぞって「啓蒙思想かぶれ」を経て反動化していることを思い出せば足ります。

西部氏は、60年安保という熱狂を経験したからこそ、「熱狂しないことに熱狂する」という姿勢を貫くことができました。これは「主権在民という虚構によってパワーやオーソリティのなんたるかが著しく不鮮明な環境」に投げ出された戦中派最年少世代の、ふつふつと芽生える抵抗の意志の表明でした。そして、彼は明確に、アメリカに膝を折って喜ぶ戦後日本人への抵抗に思い至ったのです。


真正保守とは何か 安倍政権への警鐘

西部氏が一貫して主張したのは、「保守とは現状維持ではない」ということでした。2017年のインタビューで、西部氏は安倍政権を厳しく批判しました。「残念ながら、日本は保守という言葉の意味をきちんと理解しようとしない人ばかりのように思える」と。

保守は一般に思われているように、「現状を維持する」という意味では決してありません。西部氏が考える保守とは、「長い歴史が残しているに違いない『歴史の知恵』」を守ることでした。人々は歴史の中でさまざまな成功や失敗を繰り返しており、その経験を通じてある種の平衡感覚を身につけている。それが「伝統」であるという考えに基づいていました。

安倍首相にはかつて1年間研究会を開いて正しい保守についてレクチャーしていた西部氏。しかし、日米同盟の下で安保法制をつくったことに対しては厳しい意見を述べました。「安保法制自体には何の問題もないとの立場で、自衛隊が行く必要のある特殊事情があるなら、地球の裏側でも行け、鉄砲も撃てと思う。だけど、それを米国のような国とやるな」と。この姿勢は、真の国家主権とは何かを問うものでした。


言論活動と次世代への継承

西部氏の言論活動は、多岐にわたりました。1994年から2005年まで、真正保守思想を標榜する言論月刊誌『発言者』を刊行。財政上の理由で廃刊となった後も、後継の隔月刊誌『表現者』の顧問を務めました。テレビでは「朝まで生テレビ!」に出演し、保守派論客として独特の存在感を示しました。

また、TOKYO MXの「西部邁ゼミナール」では、司会者として若い世代との対話を重ねました。2017年12月、雑誌『AERA』で40歳以上年の離れた芸人ウーマンラッシュアワーの村本大輔氏と対談した際、予定時間を延長し3時間に及ぶ政治談義に花を咲かせました。村本氏は「目のキラキラした少年と話してるような、そんな人」と評しています。

西部氏は、立場の違う人物とも積極的に対話を行いました。姜尚中氏や佐高信氏と対談したり、『週刊金曜日』の取材に応じたりと、リベラル・保守に限らずいずれの主義・思想にも真摯に耳を傾けました。詭弁は決して許さず、世代を超えた評論家や論客から敬意をもって慕われていました。こうした姿勢は、真の知識人としての在り方を示していました。



ここで一度、目と気持ちをゆるめてみてください


西部邁の人生観と自裁死の覚悟

西部氏の人生観を象徴するのが、「自裁死」という考え方でした。50代の時から自分の生き方の結末を考えていた西部氏は、55歳の頃には自死への構えがおおよそ定まっていました。著書の中で「自然死といわれるものの実態は『病院死』にすぎない」「生の最期を他人に命令されたりいじり回されたくない」「死に方は生き方の総仕上げだ」と記していました。

2014年に最愛の妻と死別して以降、西部氏はさらにその決意を固めました。重度の頚椎症性脊髄症のため、細かな作業や執筆活動が困難になっていました。「自分の意思もわからない状態で看取られるのは耐えられない」と友人に語り、「死に方は生き方の総仕上げ」という信念を貫きました。

2018年1月21日未明、西部氏は多摩川に入水し、78歳でこの世を去りました。遺作『保守の遺言』は死後の出版となり、最後となった『保守の真髄』では自らの死生観を明確に示していました。医療技術の進歩によって「死の先延ばし」が可能になった現代にあって、それらに対するアンチテーゼという意味で、西部氏の自死が投げかけたものはあまりにも大きかったのです。


代表書籍紹介

1. 『保守の真髄 老酔狂で語る文明の紊乱』(講談社、2017年)

西部氏最期の書となった遺作です。世界恐慌や世界戦争の危機が見込まれる現在、政治や文化に関する能力を国民は身につける必要があると説きます。アリストテレス、マキャベッリ、ガンディ、福沢諭吉、中江兆民など古今東西の巨人の叡智から戦後日本の政治・経済政策まで、保守思想の真実を語り尽くしています。日本の核武装、天皇譲位、立憲主義、日米同盟など13項目にわたる老師からの鋭い提言の書です。

2. 『大衆への反逆』(文藝春秋、1983年)

西部氏が論壇に鮮烈なデビューを果たした記念碑的評論集です。田中角栄からハイエクまでを縦横無尽に論じる社会批評家としての真髄がここにあります。大衆社会は日本に見事に定着し、知識人も大衆人と化した。大衆人とは自己への懐疑を忘れた者である。現代社会に警鐘を鳴らす名評論として、今なお多くの読者に読み継がれています。

3. 『虚無の構造』(飛鳥新社、1993年、中公文庫、2012年)

西部氏の思想の核心を示した重要な著作です。虚無と向き合うことの痛切な痛みを描きながら、それでもなお生きることの意味を問い続けます。近代という時代を懐疑せず、でたらめな妄言を吐き続けてきた知識人に対する決別の書でもあります。西部氏の哲学的思索の深さが感じられる一冊です。

4. 『経済倫理学序説』(中央公論社、1983年、中公文庫、2014年)

1983年度吉野作造賞を受賞した学術的代表作です。経済学者としての西部氏の出発点を示す著作で、社会学などの方法論を導入して旧来の経済学を批判しました。価格等の経済現象において慣習、文化、宗教といった、通常の経済学の視野に入らない要素の重要性を力説しています。西部氏の学問的基盤を知る上で欠かせない一冊です。

5. 『サンチョ・キホーテの旅』(新潮社、2009年)

2010年度芸術選奨文部科学大臣賞を受賞した晩年の名作です。セルバンテスの『ドン・キホーテ』をモチーフに、現代文明の在り方を問い直した独創的な評論です。文学と思想を融合させた西部氏ならではの作品で、読者に深い思索を促します。温かみのある文章の中に、厳しい時代認識が込められています。


まとめ 歴史の知恵を未来へ

西部邁氏の人生と思想は、歴史の知恵を大切にすることの重要性を私たちに教えてくれます。60年安保の闘士から保守思想の論客へ。矛盾に満ちているようでいて、実は一貫していた西部氏の軌跡には、真摯に思索し続けた知識人の姿がありました。

「合理や論理の前提には、歴史の知恵が存在する」という西部氏の信念は、今日においてもますます重要性を増しています。グローバル化、技術革新、AI時代の到来。私たちを取り巻く環境は急速に変化していますが、だからこそ歴史に学び、伝統を大切にする姿勢が求められています。

西部氏が批判した大衆社会は、2026年現在さらに深化しています。SNSで情報が拡散し、ポピュリズムが台頭する中で、自己への懐疑を忘れた大衆人はますます増えています。そんな時代だからこそ、西部氏の警鐘は私たちの心に響きます。

保守とは現状維持ではなく、歴史の知恵を守り、それを現代に活かすことです。熱狂しないことに熱狂すること。自己への懐疑を忘れないこと。西部邁氏が生涯をかけて問い続けた、そんな姿勢を胸に、私たちも明日を生きていきたいものです。


2018年1月21日、多摩川で自裁死を遂げた西部氏。

その生き方と死に方は、一つの時代の終わりを象徴していました。しかし、西部氏が残してくれた思想と言葉は、これからも多くの人々に影響を与え続けるはずです。

歴史の知恵を大切にし、真摯に思索し続けること。知の巨人・西部邁氏が示してくれた、その道を私たちも歩み続けていきたいものです。


ここまで、時間を分けてくださり、ありがとうございます。
もし、まだ少しだけ余白が残っているなら。
もうひとつの視点を。


この言葉が、あなたの中でゆっくり馴染んでいきますように。
それぞれの一日を大事に、ありがとうございました。


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