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「曽野綾子」老いの才覚を説いた作家の人生哲学

赤ちゃんと子犬 社会老齢学の著者
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「老いの才覚」――110万部を超えるベストセラーで、この言葉を世に広めた作家、曽野綾子。93年の人生を通じて、小説家として、エッセイストとして、そしてボランティア活動家として多彩な顔を持った彼女が一貫して問い続けたのは、人間としていかに自立し、品格を持って老いるかでした。「人間は死ぬまで働かなくてはいけない」「孤独と絶望は神の贈り物」といった一見厳しい言葉の裏には、深い人間洞察と、甘えを許さない潔さがありました。カトリック信仰を支えとし、世界中の困難な場所を取材し、日本財団会長として社会貢献に尽力した彼女の生き方は、超高齢社会を迎えた日本に、老いの新しい価値観を提示してくれています。2025年2月に逝去した今もなお、その言葉は私たちの心に響き続けています。


著者の基本情報

曽野綾子(その・あやこ)

  • 生年:1931年(昭和6年)9月17日
  • 没年:2025年2月(93歳)
  • 出身地:東京都
  • 学歴:聖心女子大学文学部英文科卒業(1954年)
  • 経歴:1979年ローマ教皇庁よりヴァチカン有功十字勲章受章、1993年恩賜賞・日本芸術院賞受賞、1995年~2005年日本財団会長
  • 主な活動:海外邦人宣教者活動援助後援会代表(1972年~2012年)
  • 配偶者:三浦朱門(作家、2017年逝去)
  • 代表作:『遠来の客たち』『神の汚れた手』『老いの才覚』

曽野綾子は東京に生まれ、聖心女子大学で英文学を学びました。学生時代から執筆活動を始め、1954年、『遠来の客たち』で芥川賞候補となり文壇デビュー。以後、人間の内面を深く掘り下げた小説と、鋭い社会批評性を持つエッセイで、幅広い読者層から支持されました。夫は作家で文化庁長官も務めた三浦朱門。二人は文壇を代表する夫婦として知られ、互いに影響を与え合いながら創作活動を続けました。


老いの才覚という提言 自立した老人であれ

2010年に出版された**『老いの才覚』**は、曽野綾子の名を一躍高めたベストセラーとなりました。「老いの才覚」とは、年を重ねることで失っていくものを嘆くのではなく、残されたものを活かして幸福を創り出す力のことです。この本が多くの人の心を捉えたのは、高齢者に迎合せず、自立と自律を厳しく求める姿勢にありました。

曽野が説く「7つの力」は明快です。自立と自律の力、死ぬまで働く力、夫婦・子供と付き合う力、お金に困らない力、孤独と付き合い人生を面白がる力、老い・病気・死と馴れ親しむ力、神様の視点を持つ力。どれも一朝一夕に身につくものではありませんが、だからこそ若いうちから意識すべきことだと彼女は主張します。

特に印象的なのが「死ぬまで働く」という主張です。これは経済的理由からではなく、人間としての尊厳のためです。誰かの役に立ち、社会とつながり続けることが、老いても生き生きとした人生を送る秘訣だと曽野は考えました。定年後も家事でも地域活動でも、何らかの「仕事」を持つこと。それが心身の健康を保つ最良の方法なのです。

私自身、祖母が80代でも近所の子どもたちに編み物を教えていた姿を思い出します。「人に必要とされる」ことが、どれだけ人を輝かせるか。曽野の言葉は、そのことを思い起こさせてくれます。老いは衰退ではなく、新たな役割を見つける機会なのだと。


孤独と絶望を受け入れる覚悟 厳しさの中の愛

曽野綾子の老年論で最も衝撃的なのが、「孤独と絶望は神の贈り物」という言葉です。多くの高齢者が孤独を恐れ、絶望を避けようとする中で、彼女はこう言い切ります。「この二つの究極の感情を体験しない人は、たぶん人間として完成しない」と。

これは一見、冷酷に聞こえます。しかし曽野の真意は別のところにあります。人生の最終段階で孤独と絶望に直面することは避けられない。配偶者を失い、友人が減り、体が衰える。そんな状況で、なお自分を保ち、意味を見出せるか。それこそが人間の最後の試練であり、成長の機会だというのです。

曽野自身、2017年に最愛の夫・三浦朱門を失いました。50年以上連れ添った伴侶との別れは、想像を絶する喪失感だったはずです。しかし彼女は、その悲しみから逃げず、一人の生活を淡々と続けました。料理も掃除も自分でこなし、執筆活動も続け、93歳まで現役作家として生き抜きました。

私たちは、老後を「穏やかで安楽な時期」と考えがちです。しかし曽野は、それは甘えだと言います。最期まで自分の足で立ち、自分の頭で考え、自分の人生に責任を持つ。その厳しさの中にこそ、人間としての尊厳があるのです。曽野の言葉は優しくはありませんが、そこには深い愛情が込められていると感じます。


カトリック信仰と社会貢献 神の視点を持つ生き方

曽野綾子の人生観を語る上で欠かせないのが、カトリック信仰です。聖心女子大学で学び、生涯を通じてカトリックの価値観を大切にした彼女にとって、信仰は単なる宗教ではなく、生き方そのものでした。「神の視点を持つ」とは、自分中心ではなく、より大きな視野で物事を見ることを意味します。

この信仰が、彼女の社会貢献活動の原動力となりました。1972年から40年間、海外邦人宣教者活動援助後援会の代表を務め、世界中で活動する日本人宣教師を支援しました。また、1995年から2005年まで日本財団会長として、社会福祉や国際協力に尽力。その功績が認められ、1997年には吉川英治文化賞と読売国際協力賞を受賞しています。

曽野の社会貢献は、単なる慈善活動ではありませんでした。彼女は世界中の紛争地や貧困地域を自ら訪れ、現場を取材しました。アフリカ、中東、東南アジア。そこで目にした人間の尊厳と悲惨さが、彼女の作品に深みを与えました。困難な状況でも懸命に生きる人々の姿こそが、人間の本質を教えてくれると彼女は考えたのです。

私たちは日常の小さな不満に囚われがちです。しかし、世界にはもっと過酷な環境で生きる人々がいる。そのことを知ることで、自分の恵まれた状況に気づき、感謝の心が生まれる。曽野の生き方は、視野を広げることの大切さを教えてくれます。


三浦朱門との文学的伴走 夫婦の絆と個の確立

曽野綾子を語る上で、夫・三浦朱門との関係は重要です。二人は1953年に結婚し、2017年に三浦が91歳で亡くなるまで、64年間連れ添いました。同じ作家として、互いの作品を読み、議論し、時には批判し合う関係。それは理想的な文学的伴走でした。

興味深いのは、二人がそれぞれの個を保ちながら夫婦であったことです。曽野は『夫婦、この不思議な関係』や『夫の後始末』といった著作で、夫婦のあり方について率直に語っています。愛情はあっても、常に一緒にいる必要はない。それぞれの仕事や趣味を持ち、適度な距離を保つ。そうすることで、かえって関係が長続きすると彼女は言います。

三浦の死後、曽野は『夫の後始末』で、配偶者を看取る経験を淡々と綴りました。悲しみに暮れるのではなく、冷静に現実を受け止め、一人の生活に適応していく姿勢。それは、まさに彼女が説く「老いの才覚」の実践でした。夫を失っても、猫を飼い、友人と交流し、執筆を続ける。一人でも生きていける強さを、彼女は身をもって示したのです。

現代は離婚率も高く、生涯独身の人も増えています。しかし曽野の言葉は、どんな関係性であれ、最終的には一人で生きる覚悟が必要だと教えてくれます。パートナーに依存しすぎず、自分の足で立つこと。それが、いずれ訪れる別れに備える最良の方法なのです。


身辺整理と死の準備 潔く生きる美学

曽野綾子のもう一つの重要なテーマが身辺整理です。『身辺整理、わたしのやり方』や『人生の後片づけ』といった著作で、彼女は物を減らし、シンプルに生きることを説きました。これは単なる断捨離ではなく、死への準備でもあります。

曽野は言います。「自分にとって大切なものは一代限りで捨て、自由になる範囲のお金や心や時間は他人のために使う」。高価な骨董品や思い出の品々も、自分が死んだ後は子どもにとって重荷になるだけ。ならば生きているうちに処分し、身軽になる。その潔さこそが、世を去るにあたっての最大の礼儀だと彼女は考えました。

また、曽野は「義務教育で死を教えるべき」とも主張しました。死はタブーではなく、誰もが迎える自然な終わりです。死を意識することで、今日一日の貴重さが分かり、何が大切で何がそうでないかが見えてくる。死から目を背けず、正面から向き合う。その姿勢が、かえって生を充実させるのです。

私も50代になり、親の終活について考え始めました。物の整理、財産の確認、葬儀の希望。最初は気が重かったですが、話し合うことで互いに安心できました。曽野の言葉は、死を見つめることの大切さを教えてくれます。それは悲しいことではなく、生をより豊かにする智慧なのだと。


現代社会での応用と実践 曽野流の老い方

曽野綾子の思想を、現代の私たちはどう実践できるでしょうか。第一に、何歳になっても自立する意識を持つことです。家事、金銭管理、健康管理。誰かに頼るのではなく、自分でできることは自分でする。それが認知症予防にもなり、尊厳を保つことにもつながります。

第二に、「死ぬまで働く」場を持つこと。正式な雇用でなくても構いません。ボランティア、趣味のサークル、地域活動。社会とつながり、誰かの役に立つ実感を持つ。それが生きがいとなり、心身の健康を支えます。

第三に、物を減らし、シンプルに生きること。曽野は90代でも自分で料理し、掃除していました。物が少なければ管理も楽です。今から少しずつ整理を始め、本当に必要なものだけに囲まれた生活を目指しましょう。

第四に、孤独を恐れない心構え。友人や家族との交流は大切ですが、最終的には一人で生きる時間が増えます。読書、散歩、思索。一人の時間を楽しめる人は、老いても豊かな人生を送れます。

第五に、神の視点、あるいは大きな視野を持つこと。自分の小さな悩みに囚われず、世界に目を向ける。他者のために何ができるか考える。その姿勢が、老いを充実させる鍵です。

私自身、曽野の著作に出会ってから、老いへの恐怖が減りました。老いは避けられないけれど、どう老いるかは選べる。その選択肢を示してくれたことが、彼女の最大の贈り物だと感じています。


代表書籍5冊紹介

1. 『老いの才覚』(ベスト新書、2010年)

累計110万部を超える大ベストセラー。老いの基本は「自立」と「自律」、死ぬまで働く力、孤独と付き合う力など、自立した老人になるための7つの力が具体的に説かれています。甘えを許さない厳しさと、深い人間洞察が同居した名著。高齢者だけでなく、若い世代にも読んでほしい一冊です。曽野の老年論の集大成として、今も多くの読者に読み継がれています。

2. 『六十歳からの人生 老いゆくとき、わたしのいかし方』(青萠堂、2008年)

60歳以降、いかに生きるべきかを論じた指南書。死と定年は必ずやってくる、老人といえども強く生きなければならない、高齢は特権ではない、など60代以降の心構えが率直に語られています。定年を迎える世代、あるいはその前の世代が、老後の準備として読むべき一冊。具体的な生活の知恵も満載です。

3. 『夫の後始末』(講談社、2018年)

2017年に夫・三浦朱門を看取った経験を綴ったエッセイ。配偶者の死をどう受け止め、一人の生活にどう適応したか。看取りと喪失の体験が冷静に、しかし温かく描かれています。パートナーとの別れは誰もが経験する可能性があります。その時のための心の準備として、多くの示唆を与えてくれる一冊です。

4. 『身辺整理、わたしのやり方』(興陽館、2013年)

物を減らし、シンプルに生きるための実践的ガイド。何を残し、何を捨てるか。どう整理すれば死後に家族が困らないか。身辺整理の具体的方法が、曽野自身の経験に基づいて語られます。エンディングノートや遺言の書き方にも触れられており、終活を考えるすべての人に役立つ内容です。

5. 『人生の収穫』(河出書房新社、2014年)

90歳を前にした曽野が、人生を振り返りながら綴ったエッセイ集。若い頃の失敗、夫婦の日々、海外での取材経験、社会貢献活動など、93年の人生の総括とも言える内容。人生の収穫とは何か、幸福とは何か。深い人生哲学が、平易な文章で語られます。曽野綾子という人間の全体像を知るための最良の一冊です。


まとめ 自立と品格を持って老いる

曽野綾子は、2025年2月、93歳で静かにこの世を去りました。おそらく彼女は、自らが説いた「老いの才覚」を実践しながら、最期まで自分らしく生き抜いたことでしょう。その生涯が私たちに残してくれたのは、老いを恐れず、自立と品格を持って生きる姿勢です。

曽野の言葉は時に厳しく、甘えを許しません。しかしその厳しさは、人間への深い愛情と敬意から来ています。人間は最期まで成長できる存在であり、老いもまた成長の機会である。そう信じていたからこそ、彼女は妥協のない言葉を投げかけ続けたのです。

超高齢社会の日本では、多くの人が長い老後を経験します。その時間を嘆きながら過ごすか、新たな挑戦と成長の機会として捉えるか。選択は私たち自身にあります。曽野綾子の思想は、後者を選ぶための勇気と智慧を与えてくれるのです。

孤独を恐れず、死を見つめ、自分の足で立つ。物に執着せず、他者のために生きる。神の視点、あるいは大きな視野を持つ。これらは決して容易ではありません。しかし、そうやって生きることでしか得られない充実感と尊厳があると、曽野は教えてくれました。

93年の人生を通じて、作家として、ボランティアとして、そして一人の人間として、多くの示唆を残してくれた曽野綾子。その言葉は、これからも私たちの老いの道標となり続けるでしょう。どう老いるかは、どう生きるかと同じこと。その真実を、彼女の人生が証明しているのです。

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