「60歳からの性は、人生の仕上げの愛である」──この温かな言葉を遺したのが、高柳美知子(たかやなぎ・みちこ)氏です。1931年東京生まれ、2016年に85歳で逝去されるまで、性教育評論家として半世紀以上にわたり、子どもから高齢者まで、すべての世代の「性と生」に寄り添い続けました。特に晩年のライフワークとなった高齢者の性については、「セックス抜きに老後を語れない」と力強く主張し、タブー視されがちなテーマに正面から取り組んだ先駆者として知られています。
早稲田大学教育学部を卒業後、中学・高校の国語教師として教育現場に立った高柳氏は、1982年に山本直英らと”人間と性”教育研究協議会を創設。代表幹事、会長を務め、日本の性教育の礎を築きました。1990年にはNHK学園生涯学習講座「人間と性」の専任講師として、全国の受講者に性の大切さを伝え続けました。俳人・高柳重信の妹、歌人・高柳蕗子の叔母という文学一家に育ち、豊かな言葉の力で「性」を語る独自のスタイルを確立したのです。
高柳氏の思想の核心は、性を「生きる力」として捉えることでした。子どもたちには命の尊さを、若者には自己肯定感を、そして高齢者には生きがいと尊厳を。年齢や立場を超えて、すべての人が自分らしく生きるために、性は欠かせない要素だと説き続けました。人生100年時代を迎えた現代において、高柳氏が蒔いた種は、今もなお多くの人々の心に根を張り、花を咲かせているのです。
高柳美知子氏の基本情報
- 氏名(ふりがな): 高柳美知子(たかやなぎ・みちこ)
- 生年月日: 1931年、東京都生まれ(2016年逝去、享年85歳)
- 学歴: 早稲田大学教育学部卒業
- 経歴: 中学・高校の国語教師、1982年”人間と性”教育研究協議会創設・代表幹事・会長、1990年NHK学園生涯学習講座「人間と性」専任講師、『性と生の教育』副編集長、上海性科学研究センター名誉顧問、北京性健康教育研究会名誉理事、東京総合教育センター相談員、人権アクティビストの会幹事、日朝協会本部代表理事などを歴任
- 現職: 逝去(生前は”人間と性”教育研究所所長)
- 専門: 性教育、人権教育、高齢者の性
- 紹介文: 日本の性教育の第一人者として、子どもから高齢者まで幅広い世代に「性と生」の大切さを伝え続けた教育者。特に晩年は高齢者の性をテーマに『60歳からの豊かな性を生きる』『マリッジ・アゲイン』などを執筆し、超高齢社会における性の重要性を提唱。俳人・高柳重信の妹、歌人・高柳蕗子の叔母という文学一家に生まれ、豊かな言葉の力で性教育に新しい風を吹き込んだ。
性教育の開拓者として歩んだ半世紀
高柳美知子氏の性教育への情熱は、中学・高校の国語教師時代に芽生えました。教育現場で子どもたちと向き合う中で、性に関する正しい知識の欠如が、いかに多くの問題を引き起こすかを目の当たりにしたのです。1982年、山本直英氏らと共に”人間と性”教育研究協議会を創設したのは、「性を科学的に、人権として教える」という明確な理念がありました。
当時の日本では、性教育はタブー視され、学校現場でも十分に扱われていませんでした。高柳氏は、性を「恥ずかしいもの」「隠すべきもの」としてではなく、人間の尊厳に関わる大切なテーマとして正面から取り組みました。『性の絵本』シリーズでは、子どもにもわかりやすい言葉と絵で、命の誕生や体の仕組み、性の多様性を伝えました。「なぜ、こんなことして生きているの?」という問いかけは、性を通じて生きる意味を考えさせる、高柳氏らしいアプローチでした。
また、NHK学園生涯学習講座「人間と性」の専任講師として、全国の受講者に向けて発信を続けました。テレビやラジオを通じて、お茶の間に「性」を語る――これは当時としては画期的なことでした。高柳氏の温かく、ユーモアを交えた語り口は、多くの視聴者の心をつかみ、「性を語ることは恥ずかしくない」という意識改革につながったのです。性教育は子どものためだけではなく、大人も学び直すべきテーマだという視点は、まさに生涯学習の先駆けでした。
高齢者の性というタブーへの挑戦
高柳氏のライフワークとして特筆すべきは、高齢者の性をテーマにした一連の著作です。『60歳からの豊かな性を生きる』『セックス抜きに老後を語れない』『高齢恋愛』『マリッジ・アゲイン』――これらの書籍は、日本社会が長らく目を背けてきたテーマに、真正面から切り込んだ画期的な作品でした。
「妻にセックスを拒否された」「夫とはセックスレス」――こうした悩みを抱える中高年夫婦が激増している現実を、高柳氏は丁寧に聞き取りました。そして、「60歳からの性は、人生の仕上げの愛である」と優しく語りかけたのです。高齢になっても性的欲求があることは自然なこと。それを否定したり、恥じたりする必要はない。むしろ、パートナーシップを深め、心身の健康を保つために、性は大切な要素だという視点を示しました。
特に『マリッジ・アゲイン』では、熟年離婚や死別を経験した女性たちが、もう一度恋愛やパートナーシップを求める姿を描きました。「年甲斐もなく」という言葉に縛られず、自分の幸福を追求する権利は誰にでもある。このラストパートナーという考え方は、2025年の今、まさにシニアトレンドとして注目されています。高柳氏は20年以上も前から、その重要性を訴え続けていたのです。また、高齢者向けの性風俗や性的サービスについても、道徳的に批判するのではなく、QOL向上の選択肢の一つとして理解を示す柔軟な視点を持っていました。
文学と性教育を結ぶ独自の視点
高柳氏の性教育の特徴は、文学的素養に裏打ちされた豊かな言葉の力にあります。俳人・高柳重信を兄に、歌人・高柳蕗子を姪に持つ文学一家に育った高柳氏は、『源氏物語』への誘いその魅力の源泉を探る』という著作も残しています。日本の古典文学に描かれた愛と性の世界を、現代の性教育に活かすという試みは、極めてユニークでした。
また、姪の高柳蕗子氏との共編著『子どもと楽しむ短歌・俳句・川柳』では、七五調のリズムを使って、子どもたちに言葉の楽しさを伝えました。性教育においても、この「言葉の力」は重要な役割を果たしました。難しい医学用語や生物学的説明ではなく、詩的で温かな言葉で語ることで、性を「美しいもの」「大切なもの」として伝えることができたのです。この言葉の力こそが、高柳氏の性教育が多くの人々の心に響いた理由といえるでしょう。
さらに、高柳氏は国際的な視野も持っていました。上海性科学研究センター名誉顧問、北京性健康教育研究会名誉理事として、中国との交流も深めました。日本の性教育の知見をアジアに広げ、また海外の先進的な取り組みを日本に紹介する。こうした世代間の対話ならぬ「国際間の対話」も、高柳氏の大きな功績の一つです。人権アクティビストの会幹事、日朝協会本部代表理事としての活動からも、性教育を単なる知識の伝達ではなく、人権と平和につながる運動として捉えていたことがわかります。
ここで一度、目と気持ちをリフレッシュ
現代社会での応用と実践
高柳美知子氏が蒔いた種は、2026年の今、大きく花開いています。超高齢社会を迎えた日本では、高齢者の性がもはやタブーではなくなりつつあります。日本家族計画協会の調査では、60代男性の7割以上が「セックスしたい」と回答しており、高齢者の性的欲求は決して特殊なものではないことが明らかになっています。
また、シニアの婚活やラストパートナー探しも、2024-2025年のシニアトレンドとして注目されています。ハルメクの調査では、50~79歳の未婚男女の4人に1人(25%)がパートナーを希望しており、熟年離婚率も過去最多を記録しています。「年甲斐もなく、恋愛なんて」というエイジズム(年齢差別)から解放され、自分らしく生きるシニアが増えているのです。これはまさに、高柳氏が『マリッジ・アゲイン』で描いた世界の実現といえるでしょう。
さらに、介護現場でも高齢者の性的ニーズへの理解が進んでいます。認知症の高齢者が性的な言動をする場合、それを「問題行動」として抑圧するのではなく、背景にある欲求や孤独感に寄り添う。こうした包摂的なケアの考え方は、高柳氏が提唱してきた「性は生きる力」という理念と重なります。高齢者施設での性的支援、高齢者向け性産業、シニア専用マッチングアプリなど、多様な選択肢が生まれつつあることは、社会の成熟の証といえます。
また、高柳氏が重視した性教育は、現代のLGBTQ理解教育や、性的同意の概念、セクシャルウェルネスの考え方にもつながっています。性を「する/しない」の二元論ではなく、一人ひとりの尊厳と選択を尊重する。この視点は、あらゆる世代の性の健康を守るために不可欠です。高柳氏が残した『性はHのことじゃない』というメッセージは、今こそ再確認されるべき重要な指摘なのです。
代表書籍5冊紹介
1. 『60歳からの豊かな性を生きる』(河出書房新社、2004年)
高齢者性教育の第一人者・高柳美知子が、シニアに贈る新しい性のガイドブック。妻にセックスを拒否された、夫とはセックスレスなど、中高年夫婦が抱える悩みに真摯に向き合い、具体的なアドバイスを提供しています。「60歳からの性は、人生の仕上げの愛である」という温かなメッセージが心に響く一冊。高齢になっても性的欲求があることは自然であり、それを肯定的に受け止めることの大切さを説いています。
2. 『マリッジ・アゲイン 熟年からの女性の幸福を作り直す生き方』(茉莉花社、2008年)
熟年離婚や死別を経験した女性たちが、もう一度恋愛やパートナーシップを求める姿を描いた画期的な作品。「年甲斐もなく」という価値観を打ち破り、自分の幸福を追求する権利は誰にでもあると力強く主張しています。ラストパートナーという概念を早くから提唱し、人生後半の女性の生き方に新しい選択肢を示しました。温かな励ましに満ちた一冊です。
3. 『セックス抜きに老後を語れない』(河出書房新社、2000年)
タイトルからして挑戦的なこの作品は、高齢者の性をタブー視する日本社会に一石を投じた名著。老後の生活において、性がいかに重要な役割を果たすかを、豊富な事例と温かな視点で語っています。性的な充足感が、心身の健康や生きがいにつながることを科学的にも示し、高齢者の尊厳を守るための必読書となっています。
4. 『性はHのことじゃない』(岩崎書店、1997年)
若い世代に向けて、性を「行為」としてではなく、「人間関係」「尊厳」「生きる力」として捉え直すことを提案した一冊。性教育が単なる生物学的知識の伝達ではなく、人権教育であることを明確に示しています。学校生活シリーズの一冊として、多くの中高生に読まれ、性に対する健全な価値観を育むのに貢献しました。
5. 『高齢恋愛』(河出書房新社、2002年)
高齢になってからの恋愛の素晴らしさと難しさを、実例を交えながら丁寧に描いた作品。配偶者との死別後、新しいパートナーと出会うことの意味、施設での恋愛、不倫など、多様なケースを取り上げています。高齢者の恋愛を「美しいもの」として肯定的に捉え、社会がそれを支援すべきだと提言。温かな視線と深い洞察に満ちた一冊です。
まとめ
高柳美知子氏は、日本の性教育の開拓者として、子どもから高齢者まで、すべての世代に「性と生」の大切さを伝え続けた教育者でした。特に晩年のライフワークとなった高齢者の性については、「セックス抜きに老後を語れない」という力強いメッセージで、タブー視されがちなテーマに光を当てました。
「60歳からの性は、人生の仕上げの愛である」という言葉は、超高齢社会を迎えた現代において、ますます重要性を増しています。性を「恥ずかしいもの」としてではなく、「生きる力」「尊厳」「パートナーシップ」として捉え直す。この視点は、シニアのQOL向上、孤独対策、健康寿命の延伸にもつながる、極めて実践的な知恵です。
2016年に85歳で逝去されましたが、高柳氏が蒔いた種は今もなお、多くの人々の心に根を張り、花を咲かせています。
ラストパートナー探しがシニアトレンドとなり、高齢者の性がタブーでなくなりつつある現代。高柳氏が夢見た「すべての人が自分らしく生きられる社会」は、少しずつ実現に近づいています。
その温かな眼差しと、豊かな言葉の力は、時代を超えて輝き続けているのです。
ここまで、時間を分けてくださり、ありがとうございます。
もし、まだ少しだけ余白が残っているなら。
もうひとつの視点を。
いづれかの言葉が、ゆっくり馴染みますように。
それぞれの一日を。



