「性は、命とつながる美しいもの」──この信念のもと、半世紀以上にわたり性教育に情熱を注いできたのが、村瀬幸浩(むらせ・ゆきひろ)氏です。1941年愛知県名古屋市生まれ、東京教育大学(現筑波大学)卒業後、私立和光高等学校で25年間保健体育科教諭として勤務。総合学習科「人間と性」を担当し、思春期の子どもたちに正しい性知識と自己肯定感を育む教育を実践してきました。その後、一橋大学、津田塾大学などで25年間「ヒューマンセクソロジー」を講義し、ジェンダーの視点から性教育に新しい風を吹き込みました。
村瀬氏の特筆すべき点は、子どもから高齢者まで、全世代の性と生に寄り添い続けてきたことです。2008年には妻・敦子氏との共著『素敵にシニアライフ 老いに向かって生きるふたり』を出版し、更年期からの夫婦の性とコミュニケーションの大切さを説きました。「更年期を二人でどう乗り切るかは、その後の人生のあり方を左右する」という言葉は、多くの中高年夫婦の心に響いています。2020年には漫画家フクチマミ氏との共著『おうち性教育はじめます』が30万部を超えるベストセラーとなり、家庭での性教育の重要性を広く社会に伝えました。
1982年に山本直英氏らと”人間と性”教育研究協議会(性教協)を創設し、戦後の禁欲主義的な「純潔教育」を批判的に乗り越え、科学と人権を重視する性教育を推進。現在も同会幹事、『季刊SEXUALITY』誌編集委員、日本思春期学会名誉会員として活動を続けています。83歳を超えた今もなお、講演活動や執筆を通じて「性は生涯を通じて大切なもの」というメッセージを発信し続ける村瀬氏の姿は、まさに生涯現役の体現者といえるでしょう。
村瀬幸浩氏の基本情報
- 氏名(ふりがな): 村瀬幸浩(むらせ・ゆきひろ)
- 生年月日: 1941年、愛知県名古屋市生まれ
- 学歴: 東海中学校・高等学校卒業、東京教育大学(現筑波大学)体育学部卒業
- 経歴: 私立和光高等学校保健体育科教諭(25年間、総合学習科「人間と性」担当)、1989年同校退職後、一橋大学講師、1990年より津田塾大学講師(担当科目「ヒューマンセクソロジー」)、2015年両大学講師を退職。1982年”人間と性”教育研究協議会創設に参画
- 現職: 一般社団法人”人間と性”教育研究協議会幹事、『季刊SEXUALITY』誌編集委員、日本思春期学会名誉会員
- 専門: 性教育、ヒューマンセクソロジー、ジェンダー教育
- 紹介文: 日本の性教育界を牽引してきた第一人者。戦後の禁欲主義的な「純潔教育」を批判し、科学と人権を重視する「人間と性」の教育を推進。子どもから高齢者まで全世代の性と生に寄り添い、ジェンダーフリーの視点から性の自己決定権を尊重する教育を実践。2020年刊行の『おうち性教育はじめます』は30万部超のベストセラー。シニアライフにおける性とコミュニケーションの大切さも提唱し、83歳を超えた今も講演活動や執筆を精力的に続けている。
禁欲主義を超えて科学と人権の性教育へ
村瀬幸浩氏が性教育の世界に足を踏み入れた1960年代、日本の性教育は「純潔教育」が主流でした。これは、婚前の性的関係を否定し、特に女性の性を抑圧的に管理する考え方です。しかし、和光高等学校で保健体育を教えながら、村瀬氏は生徒たちが抱える悩みや不安に向き合う中で、この禁欲主義的なアプローチでは何も解決しないことを痛感しました。
そこで始めたのが、総合学習科「人間と性」の授業です。性を「恥ずかしいもの」「隠すべきもの」としてではなく、人間の尊厳と切り離せない大切なテーマとして正面から扱いました。生物学的な知識だけでなく、ジェンダー、人権、コミュニケーション、自己決定など、多角的な視点から性を学ぶ。この画期的なアプローチは、生徒たちから圧倒的な支持を得ました。「初めて性について真剣に考えることができた」「自分の体を大切にしようと思えた」という声が数多く寄せられたのです。
1982年、山本直英氏らと共に”人間と性”教育研究協議会(性教協)を創設。全国の教師たちとネットワークを築き、科学と人権を重視する性教育の理念を広めていきました。この活動は、日本の性教育の歴史において大きな転換点となりました。村瀬氏の「性は生涯を通じて大切なもの」という視点は、当時としては極めて先駆的で、現代の包摂的性教育(Comprehensive Sexuality Education)の考え方にも通じています。
ジェンダーの視点で性教育を革新
村瀬氏のもう一つの大きな貢献は、ジェンダーフリーの視点を性教育に導入したことです。和光高校退職後、一橋大学、津田塾大学などで「ヒューマンセクソロジー」を25年間講義する中で、従来の性教育が「男はこうあるべき」「女はこうあるべき」という固定観念に縛られていることに問題提起を行いました。
特に注目されたのは、『男子の性教育 柔らかな関係づくりのために』(大修館書店、2007年)という著作です。男性の性教育は往々にして「性欲のコントロール」や「加害者にならない」ことばかりが強調されがちですが、村瀬氏は「男性も性的に傷つくことがある」「男性らしさの呪縛から解放されることが大切」という視点を示しました。これは、現代の男性学やポジティブ・マスキュリニティの議論にも通じる、先駆的な指摘でした。
また、女性の性の自己決定権についても積極的に発言してきました。『性愛対話』(渥美雅子共著、柏書房、1999年)では、弁護士の渥美雅子氏と共に、女性が自分の性を自分で決める権利の重要性を論じています。性的同意(Sexual Consent)の概念が日本でまだ十分に理解されていなかった時代から、村瀬氏は「性は対等な関係の中で営まれるべきもの」と主張し続けてきたのです。これは、2023年の刑法改正で「不同意わいせつ罪」が新設されたことにもつながる、時代を先取りした視点でした。
シニア世代の性とパートナーシップ
村瀬氏の活動で特筆すべきは、シニア世代の性というタブー視されがちなテーマに真正面から取り組んできたことです。妻・敦子氏との共著『素敵にパートナーシップ 40歳からの性と生』(大月書店、1997年)、『素敵にシニアライフ 老いに向かって生きるふたり』(大月書店、2008年)、『すてきな夫婦暮らし 60歳からのスローライフ』(旬報社、2009年)と、継続的に中高年・シニア世代の性とパートナーシップについて発信してきました。
「更年期を二人でどう乗り切るかは、その後の人生のあり方を左右する」という村瀬氏の言葉は、多くの夫婦の心に響いています。更年期は女性だけでなく男性にも訪れるものであり、この時期の心身の変化に夫婦で向き合うことが、その後の人生100年時代を豊かに生きる鍵になる。この視点は、2024-2025年のシニアトレンドとして注目される「ラストパートナー」探しや、シニアの婚活ブームにもつながっています。
また、『50歳からの性教育』(河出書房新社、2023年)では、宋美玄氏、高橋怜奈氏、太田啓子氏、松岡宗嗣氏、斉藤章佳氏、田嶋陽子氏といった各分野の専門家と共に、中高年の性について多角的に論じました。性的欲求の変化、更年期障害、EDやセックスレス、LGBTQの課題など、50代以降の性の悩みに具体的に答える内容は、多くの読者から「こんな本を待っていた」と支持されました。人生後半の性を「終わったもの」としてではなく、「新しい段階」として捉え直す。この前向きな視点が、村瀬氏の性教育の真骨頂です。
家庭での性教育と次世代への継承
村瀬氏の最大のヒット作となったのが、2020年刊行の『おうち性教育はじめます 一番やさしい! 防犯・SEX・命の伝え方』(フクチマミ共著、KADOKAWA)です。漫画家フクチマミ氏のわかりやすいイラストと、村瀬氏の豊富な知見が融合した本書は、30万部を超えるベストセラーとなりました。「3歳から10歳の時期の性教育が非常に大切」という村瀬氏のメッセージは、多くの保護者の意識を変えました。
本書が支持された理由は、「性教育=性交渉の話」という誤解を解き、性教育が「自己肯定感」「人権教育」「防犯」につながることを明確に示したからです。プライベートゾーンの大切さ、体の仕組み、赤ちゃんがどこから来るのか、思春期の変化など、親が子どもに伝えるべきことを具体的にわかりやすく解説。「どう話したらいいかわからない」という保護者の悩みに、優しく寄り添う内容でした。2022年には続編『おうち性教育はじめます 思春期と大人編』も刊行され、家庭での性教育の重要性がますます認識されるようになりました。
また、村瀬氏は次世代の性教育者の育成にも力を注いできました。多くの教師、保健師、助産師、カウンセラーが村瀬氏の講演や著作から学び、現場で実践しています。「性教育は一人の力ではできない。多くの仲間と共に、社会全体で子どもたちを育てる」という信念のもと、世代間の対話を大切にしてきました。83歳を超えた今も、若い世代との交流を楽しみながら、新しい時代の性教育のあり方を共に考え続けています。
ここで一度、目と気持ちをリフレッシュ
現代社会での応用と実践
村瀬幸浩氏が蒔いた種は、2026年の今、大きく花開いています。2023年の刑法改正では、性交同意年齢が13歳から16歳に引き上げられ、「不同意わいせつ罪」が新設されました。これは、村瀬氏が長年提唱してきた「性的同意」の概念が、ようやく法律に反映された瞬間でした。また、包摂的性教育(Comprehensive Sexuality Education)の考え方が、ユネスコや国際機関から推奨され、日本でも徐々に広がりつつあります。
シニア世代の性についても、社会の理解が進んでいます。2024-2025年のシニアトレンドとして「ラストパートナー」探しが注目され、ハルメクの調査では50~79歳の未婚男女の4人に1人(25%)がパートナーを希望しています。熟年離婚率が過去最多を記録する一方で、シニアの婚活バスツアーは大半が満席、Netflix『あいの里』のような大人の恋愛リアリティー番組も人気を集めています。村瀬氏が『素敵にシニアライフ』で描いた世界が、まさに現実のものとなっているのです。
また、家庭での性教育の重要性も広く認識されるようになりました。文部科学省は2025年、性や妊娠の知識を普及するための初の5カ年計画を策定し、5万人の指導者養成を目指しています。学校だけでなく、家庭や地域が連携して子どもたちを育てる。この理念は、村瀬氏が半世紀以上前から提唱してきたものです。『おうち性教育はじめます』の影響もあり、保護者向けの性教育講座が全国各地で開催され、多くの親子が性について語り合う機会が増えています。
さらに、ジェンダー平等やLGBTQ理解の促進においても、村瀬氏の貢献は計り知れません。性の多様性を尊重し、一人ひとりの自己決定を大切にする。この姿勢は、現代の包摂的な社会づくりの基盤となっています。村瀬氏が教え子たちに伝え続けてきた「性は、命とつながる美しいもの」というメッセージは、時代を超えて輝き続けているのです。
代表書籍5冊紹介
1. 『おうち性教育はじめます 一番やさしい! 防犯・SEX・命の伝え方』(KADOKAWA、2020年)
漫画家フクチマミ氏との共著で、30万部を超えるベストセラー。「3歳から10歳の時期の性教育が非常に大切」という村瀬氏のメッセージを、わかりやすいイラストと具体的な会話例で解説。「性教育=性交渉の話」という誤解を解き、自己肯定感、人権教育、防犯につながることを示した画期的な一冊。プライベートゾーンの大切さ、赤ちゃんがどこから来るのか、思春期の変化など、親が子どもに伝えるべきことが網羅されています。2022年には続編『思春期と大人編』も刊行され、家庭での性教育の決定版として広く読まれています。
2. 『50歳からの性教育』(河出書房新社、2023年)
宋美玄氏、高橋怜奈氏、太田啓子氏、松岡宗嗣氏、斉藤章佳氏、田嶋陽子氏といった各分野の専門家と共に、中高年の性について多角的に論じた意欲作。性的欲求の変化、更年期障害、EDやセックスレス、LGBTQの課題など、50代以降の性の悩みに具体的に答えています。人生後半の性を「終わったもの」としてではなく、「新しい段階」として捉え直す前向きな視点が、多くの読者から支持されています。シニアライフを豊かに生きるための必読書です。
3. 『素敵にシニアライフ 老いに向かって生きるふたり』(大月書店、2008年)
妻・敦子氏との共著で、更年期からの夫婦の性とコミュニケーションの大切さを説いた温かな一冊。「更年期を二人でどう乗り切るかは、その後の人生のあり方を左右する」という村瀬氏の言葉は、多くの中高年夫婦の心に響いています。セックスレスの問題、体の変化への対応、パートナーシップの再構築など、実践的なアドバイスが満載。シニア世代の性をタブー視せず、QOL向上の要素として捉える視点は、現代の超高齢社会においてますます重要性を増しています。
4. 『男子の性教育 柔らかな関係づくりのために』(大修館書店、2007年)
男性の性教育に焦点を当てた画期的な著作。「性欲のコントロール」や「加害者にならない」ことだけでなく、「男性も性的に傷つくことがある」「男性らしさの呪縛から解放されることが大切」という視点を示しました。従来の男性性教育にジェンダーフリーの視点を導入し、対等で柔らかな人間関係を築く方法を提案。現代の男性学やポジティブ・マスキュリニティの議論にも通じる、先駆的な一冊です。男子を育てる保護者や教育者に必読の書。
5. 『恋愛で一番大切な”性”のはなし』(講談社、2016年)
思春期から若者世代に向けて、恋愛と性の本質を語った一冊。性を「する/しない」の二元論ではなく、相手を尊重し、自分も大切にするコミュニケーションの一部として捉えることの大切さを説いています。性的同意、避妊、性感染症、LGBTQなど、若者が知っておくべき知識を網羅しながらも、押しつけがましくなく、温かく語りかける文体が特徴。「性は、命とつながる美しいもの」という村瀬氏の信念が随所に感じられる名著です。
まとめ
村瀬幸浩氏は、半世紀以上にわたり、子どもから高齢者まで全世代の性と生に寄り添い続けてきた性教育の第一人者です。戦後の禁欲主義的な「純潔教育」を批判し、科学と人権を重視する「人間と性」の教育を推進。ジェンダーフリーの視点から性の自己決定権を尊重し、日本の性教育に革新をもたらしました。
「性は、命とつながる美しいもの」という村瀬氏の信念は、時代を超えて多くの人々の心に響いています。子どもたちには自己肯定感と人権意識を、若者には対等な関係性の大切さを、そしてシニア世代にはパートナーシップと生きがいを。それぞれの世代に応じた性教育のメッセージは、人生100年時代を豊かに生きるための羅針盤となっています。
2020年刊行の『おうち性教育はじめます』は30万部を超えるベストセラーとなり、家庭での性教育の重要性を社会に広く伝えました。また、シニア世代の性とパートナーシップについても継続的に発信し、「ラストパートナー」探しが2024-2025年のシニアトレンドとなる先駆けを作りました。83歳を超えた今もなお、講演活動や執筆を通じて次世代に性教育の大切さを伝え続ける村瀬氏の姿は、まさに生涯現役の体現者です。
村瀬氏が蒔いた種は、2023年の刑法改正、包摂的性教育の普及、ジェンダー平等の推進、シニアライフの充実など、様々な形で花開いています。
その温かな眼差しと、一人ひとりの尊厳を大切にする姿勢は、これからも多くの人々に勇気と希望を与え続けることでしょう。
性教育は、すべての人が幸せに生きるための教育である──村瀬氏が示してくれた、この普遍的な真理を、私たちは次の世代へと継承していく責任があります。
ここまで、時間を分けてくださり、ありがとうございます。
もし、まだ少しだけ余白が残っているなら。
もうひとつの視点を。
いづれかの言葉が、ゆっくり馴染みますように。
それぞれの一日を。



