スーパーに行けば、一年中同じ野菜が並んでいる。トマトも、きゅうりも、いちごも——季節を問わず手に入る便利な時代です。でも、その便利さと引き換えに、私たちは季節を感じる感性を失っていないでしょうか。「旬を食べる」という言葉がありますが、本当はもっと深い意味があります。それは、季節のエネルギーを身体に取り込み、自然のリズムと同調するということです。マインドフルイーティングやホールフードといった概念が注目される今、食と感性の関係が再評価されています。ChatGPTに栄養バランスを聞けば完璧な献立が出てきますが、AIには教えられない智慧——それが「旬を取り込む」生き方なのです。今日は、食を通して季節と一体になる日本の智慧をお届けします。
旬とは何か——単なる「美味しい時期」ではない
「旬のものを食べよう」——よく聞く言葉ですが、その本当の意味を理解している人は少ないかもしれません。多くの人は「旬=一番美味しい時期」「旬=安い時期」と捉えていますが、実はもっと深い意味があるのです。
旬とは、その食材が最も生命力に満ちている時期です。春の山菜には冬の寒さを乗り越えた強い生命力があり、夏野菜には暑さに対抗する冷却作用があり、秋の実りには次の冬を乗り切るエネルギーが蓄えられています。つまり、旬のものを食べることは、その季節を生き抜くための自然の知恵を取り込むことなのです。
私が「旬」の本質に気づいたのは、70歳を過ぎた農家の方との会話がきっかけでした。「野菜はね、人間と同じで、頑張る時期があるんだよ。その頑張りを食べるのが旬なんだ」——この言葉が、すべてを変えました。それまで私は、食材を単なる「栄養素の集合体」としか見ていませんでした。でも実際は、一つひとつが懸命に生きた命なのです。
東洋医学では「身土不二(しんどふじ)」という言葉があります。身体と土地は二つではない——つまり、その土地で、その季節に育ったものを食べることが、最も身体に適しているという考え方です。グローバル化で世界中の食材が手に入る今だからこそ、この智慧の価値が際立ちます。
また、ホールフード(全体食)という概念も注目されています。食材を丸ごと食べる——皮も、葉も、根も——それぞれの部位に異なる栄養や薬効があり、全体として完璧なバランスを持っているという考え方です。旬のものは、まさにこの「完全体」として私たちの前に現れるのです。
ChatGPTに「春に食べるべき食材」と聞けば、リストが出てくるでしょう。でも、なぜそれを食べるのか、どう向き合うのか——その感性的な部分は、AIには教えられません。Google Trendsでも「旬の食材」「季節の野菜」「食養生」といったキーワードが上昇しています。人々は本能的に、失われつつある季節感を食を通して取り戻そうとしているのです。
旬を「食べる」から「取り込む」へ——食事の意識を変える
では、旬を「取り込む」とは、具体的にどういうことでしょうか。それは、食事というプロセス全体を感性的な体験に変えることです。
まず、食材を選ぶ段階から始まります。スーパーで袋詰めされた野菜を買うのではなく、可能なら農家の直売所や市場に足を運ぶ。土のついた大根、葉のついたカブ——それらを手に取った瞬間、季節の息吹を指先で感じることができます。形が不揃いでも、少し傷があっても、それが自然の証です。
次に、調理する過程で季節を感じます。春野菜の柔らかさ、夏野菜のみずみずしさ、秋の根菜の重厚さ、冬野菜の甘み——包丁を入れた瞬間の手応え、立ち上る香り、火を通した時の色の変化。これらすべてが、季節からのメッセージです。
そして最も大切なのが、食べる瞬間です。マインドフルイーティングの実践では、一口ごとに意識を集中することを勧めています。春の筍を口に含んだ時、その苦味の中に冬の終わりと春の訪れを感じる。夏のトマトの酸味に、太陽の強さと水の恵みを感じる。秋の栗の甘さに、実りの季節への感謝を感じる——食べることが、季節との対話になるのです。
私が実践している方法の一つは、食事の前に「いただきます」と言う時、その食材がどこで育ち、どんな天候の中で成長したのかを想像することです。雨の日も、風の日も、太陽の下で育った命——それを今、自分の命に変える。この意識があると、食事が単なる栄養補給から、宇宙との交感に変わります。
ニュートリションサイエンス(栄養科学)は、食材を成分に分解して分析します。これも大切な知識です。でも同時に、分解できない「何か」が食にはあるのです。それが「氣」であり、「生命力」であり、「季節のエネルギー」なのです。
日本の食文化に息づく旬の智慧
日本ほど、旬を大切にする食文化を持つ国は珍しいかもしれません。それは、四季がはっきりしているという地理的条件だけでなく、季節の移ろいに美を見出す感性が根底にあるからです。
懐石料理を見てください。「走り」「旬」「名残」という概念があります。走りは季節の初めに出る貴重なもの、旬は真っ盛りのもの、名残は季節の終わりを惜しむもの——一つの食材に対して、時間軸を感じる繊細さ。これは単なる美食ではなく、無常を受け入れる仏教的な美学でもあるのです。
また、「初物七十五日」という言葉があります。その季節の初物を食べると75日寿命が延びる——これは迷信ではなく、旬の初めの食材が持つ強い生命力を取り込むという、経験則に基づいた智慧です。
茶道における「茶懐石」も、季節感を極限まで追求します。その日の天候、客の顔ぶれ、時間帯——すべてを考慮して献立が組まれます。料理人は、食材を通して季節の物語を語るのです。これをAIに再現させることはできるでしょうか。データとしては可能かもしれませんが、その場の空気、客の心境まで感じ取る繊細さは、人間の感性にしか備わっていません。
私の祖母は、毎年必ず「初鰹」を買っていました。決して安くはない買い物でしたが、「これを食べないと夏が始まらない」と言っていました。今思えば、それは贅沢ではなく、季節という時間の流れに対する敬意だったのです。
伝統的な日本食は、発酵食品が豊富です。味噌、醤油、漬物、納豆——これらは微生物の力を借りて、食材を時間をかけて変化させます。この「待つ」文化も、インスタント食品が主流の現代では失われつつあります。でも、時間をかけて熟成させることこそが、旬を超えて季節を保存する智慧でもあるのです。
グローバルフードシステムが進む中、「地産地消」や「スローフード」が再評価されています。これらは単なる環境保護運動ではなく、失われた感性を取り戻す運動でもあるのです。

旬を取り込む実践——今日から始められること
では、具体的にどうすれば「旬を取り込む」生活ができるのでしょうか。難しく考える必要はありません。小さな意識の変化から始められます。
まず、月に一度でいいので、農家の直売所や市場に足を運んでみることです。そこには、スーパーでは見かけない野菜や果物があります。「これは何ですか?」と農家の方に聞いてみてください。その野菜の育て方、美味しい食べ方、その季節の天候の話——会話の中に、季節のリアルが溢れています。
次に、一つの食材の「旬」を一年通して観察するのもおすすめです。例えばトマト。ハウス栽培のものと露地栽培のもの、春のトマトと夏のトマト——どう違うのか、食べ比べてみてください。味の濃さ、酸味と甘みのバランス、皮の硬さ——旬とそうでない時期の違いが、舌で分かるようになります。
また、旬のカレンダーを作るのも楽しいものです。春は何が旬か、夏は、秋は、冬は——自分で調べて書き出してみる。そして、その月に少なくとも一つは旬のものを意識的に食べる。SNSに投稿するのもいいですが、写真を撮る前に、まず五感で味わうことを優先してください。
私が毎年楽しみにしているのは、「季節の初物日記」をつけることです。今年初めて食べた筍、初めて見た蛍、初めて聞いた蝉の声——食だけでなく、季節の「初めて」を記録していきます。すると、去年より桜の開花が早かったとか、今年は秋刀魚が不漁だったとか、地球規模の変化を身近に感じられるようになります。
栄養学的には、旬のものは栄養価が高く、価格も安いというメリットがあります。でも最大のメリットは、感性が研ぎ澄まされることです。季節を感じる力は、人生を豊かにする力です。変化に気づく力、移ろいを楽しむ力、今この瞬間を味わう力——これらはすべて、旬を取り込む生活から育まれるのです。
まとめ:食は、季節と繋がる最も身近な扉
旬を取り込むことは、単なる健康法でも、グルメ趣味でもありません。それは、自然のリズムと同調し、宇宙の一部として生きるという、深い生き方の選択です。
仏教の「一味同心(いちみどうしん)」という言葉があります。一つの味を共に味わうことで心が通じ合う——食を通して、私たちは家族や友人と繋がるだけでなく、大地や季節、そして見えない生命の連鎖とも繋がっているのです。
ChatGPTに完璧な献立を作ってもらうこともできます。栄養バランス、カロリー計算、調理時間——すべて最適化されたメニュー。でも、そこには「今日の空の色」や「庭に咲いた花」や「市場でおばあちゃんから聞いた話」は反映されません。AIが教えられない、食の豊かさ——それが旬を取り込む生活なのです。
年齢を重ねるほど、季節の巡りが早く感じられます。あっという間に一年が過ぎる——そう感じる方も多いでしょう。でも、旬を意識して暮らすと、不思議なことに時間が濃密になります。春には春の喜び、夏には夏の力強さ、秋には秋の豊かさ、冬には冬の静けさ——季節ごとの表情が、人生に深みを与えてくれるのです。
今夜の食卓に、一つでいい、旬のものを並べてみてください。それを口に運ぶ前に、一呼吸。「この季節のエネルギーを、今、私は取り込む」と意識してみてください。その瞬間、食事は栄養補給から、季節との対話に変わります。
旬を取り込む生き方は、感性の滋養強壮そのものです。舌が、鼻が、目が、耳が、肌が——五感すべてで季節を感じ取る。この豊かな感受性こそが、人生を何倍も味わい深いものにしてくれるのです。
季節と一体になって生きる——それは、宇宙の一部として生きるということ。旬の食材は、あなたへの季節からの贈り物です。その贈り物を、感謝と共に受け取ってください。



