駅前を抜けて商店街に足を踏み入れると、時間の流れが変わる。午後の柔らかな光が差し込む商店街には、大型商業施設にはない人間味がある。変わりゆく駅前商店街の風景について、考えてみたい。
午後の駅前商店街は、独特の静けさに包まれている。朝の慌ただしさも、夕方の賑わいも、まだ訪れていない。昼食を終えた店主がのれんをくぐり、店先で新聞を読んでいる。近所の人たちが立ち話をしている。商店街は、地域の日常が見える場所だ。2025年の現在、全国各地で「シャッター商店街」が社会問題として取り上げられている。駅前には人の流れがあるのに、すぐ近くの商店街では多くの店がシャッターを閉じたままだ。人々の買い物先は駅ナカや郊外の大型店舗、あるいはネット通販に移行し、かつて栄えた商店街は静かになっていった。
しかし、それでも残っている店には、残るべき理由がある。地元の人々に愛され、必要とされ、代々受け継がれてきた店。商店街には、チェーン店では味わえない温もりがある。店主の顔が見え、名前で呼び合い、世間話をする。そうした関係性が、商店街の本当の価値だ。野菜を買えば「今日は新鮮なのが入ったよ」と声をかけてくれる八百屋、客の好みを覚えてくれる肉屋、子どもの頃から通っている文房具店。便利さや安さだけでは測れない、人とのつながりがそこにある。
駅前再開発が進む中で、商店街の存在意義が問われている。2025年には高輪ゲートウェイシティや広島駅ビルなど、各地で大規模な駅前商業施設がオープンし、話題を集めた。最新の設備、洗練されたデザイン、豊富なテナント。新しい商業施設の華やかさと、古い商店街の素朴さは対照的だ。しかし、商店街には商業施設にはない歴史がある。何十年もこの場所で商いを続けてきた店、世代を超えて受け継がれてきた技術、地域に根差した文化。それらは簡単に失われてはならないものだ。
興味深いのは、商店街の新しい試みも増えていることだ。岸和田駅前通商店街では、2021年に大阪府内の商店街で初となる「駅前e道場」を開設し、eスポーツやリモートワークのスペースとして活用されている。また、秋葉原や調布など各地の商店街では、「商店街イベント」を積極的に開催し、地域のコミュニティ形成に力を入れている。古い形を守るだけでなく、新しい価値を生み出す。そうした柔軟性が、これからの商店街には必要なのかもしれない。
午後の商店街を歩いていると、時折シャッターが下りた店を目にする。「閉店しました」の張り紙、色褪せた看板、誰も通らない入口。そこには、かつて誰かの生活があり、商売があり、物語があった。シャッターの向こうに、失われた時間が眠っている。店が閉じる理由は様々だ。後継者がいない、建物が老朽化した、経営が成り立たない。構造的な問題も多く、簡単には解決できない。それでも、一つ一つの店が消えていくことは、地域の記憶が失われていくことでもある。
商店街の午後には、ゆったりとした時間が流れている。効率や便利さを追求する現代社会の中で、商店街はスピードを緩める場所として機能している。急がなくていい、立ち止まってもいい、誰かと話してもいい。そんな余白が、そこにはある。大型店舗では、目的の商品を素早く探し、レジを通り、すぐに帰る。しかし商店街では、買い物以外の時間も過ごすことができる。店主との会話、他の客との交流、街の雰囲気を味わう時間。そうした無駄とも思える時間が、実は心を豊かにしている。
駅前商店街は、変化の岐路に立っている。このまま衰退していくのか、新しい形で再生するのか。その答えは、まだ見えていない。しかし確かなのは、商店街が地域にとって大切な場所であるということだ。単なる商業の場ではなく、人が集まり、交流し、つながる場所。そうした機能は、どんなに時代が変わっても必要とされる。午後の静かな商店街を歩きながら、その価値を改めて考えてみる。シャッターが下りた店を嘆くだけでなく、残っている店を大切にすること。それが、商店街を守る第一歩なのかもしれない。
あなたの地元の駅前商店街は、今どんな姿をしていますか?思い出に残っている商店街のお店はありますか?

