世界第二位の経済大国となった中国が、いかに組織的な諜報活動を展開しているか、あなたはご存知でしょうか。ジャーナリスト・柏原竜一が著した『中国の情報機関―世界を席巻する特務工作』は、国家安全部、人民解放軍参謀部、統一戦線工作部という三つの巨大組織が、どのように世界中で情報収集、工作活動、サイバー攻撃を展開しているかを、膨大な資料と取材をもとに詳述した画期的な一冊です。2025年、反スパイ法の強化と外国人ビジネスマンの相次ぐ拘束が報じられる今、中国の諜報機関の組織、歴史、手法を理解することは、ビジネスでも学術交流でも不可欠な知識となっています。知らなければ守れない。この本が示す現実を、一緒に学んでみませんか。
書籍の基本情報
書籍名:『中国の情報機関―世界を席巻する特務工作』
著者:柏原竜一
出版社:祥伝社新書
初版発行:2018年
ページ数:約280ページ
価格:900円前後(税別)
柏原竜一は1963年生まれのジャーナリスト。産経新聞記者として中国、台湾、香港を長年取材し、中国の政治・軍事・情報活動に精通しています。本書は、公開情報と独自取材を丹念に積み重ね、ベールに包まれた中国諜報機関の全体像を描き出した労作です。
国家安全部CIAに匹敵する巨大情報機関の全貌
柏原が本書の冒頭で詳述するのは、**中国最大の情報機関である国家安全部(MSS)**です。1983年に設立されたこの組織は、対外諜報、防諜、政治保衛を一手に担う巨大機関で、職員数は約3万人、世界各国に工作員を派遣しています。
国家安全部の最大の特徴は、その権限の広さです。外国のスパイを摘発するだけでなく、国内の反体制活動を監視し、外国人ビジネスマンや学者の動向を追跡し、必要とあらば逮捕・拘束する権限を持ちます。2025年、反スパイ法が改正され、「国家の安全と利益」の定義が拡大されたことで、その権限はさらに強化されました。
柏原が紹介する具体的な事例は衝撃的です。アメリカのCIA要員のリストを入手し、中国国内のCIA協力者を一斉に逮捕した事件。日本の外交官を監視し、接触した中国人を片っ端から取り調べた事件。オーストラリアで中国系実業家を使って政治家に接近し、影響力を行使した事件。これらすべてに、国家安全部が関わっているのです。
また、柏原が詳しく説明するのは、国家安全部が「合法的な身分」を最大限に活用していることです。外交官、商社員、記者、学者。こうした肩書きで海外に駐在し、現地で情報収集に従事する。これがインテリジェンス・オフィサーの基本戦術であり、中国もまた同じ手法を用いているのです。
読んでいて感じるのは、柏原の冷静で客観的な視点です。中国を一方的に非難するのではなく、どの国も諜報活動を行っているという前提のもと、中国の特殊性を浮き彫りにしていく。その誠実な姿勢が、本書の信頼性を高めています。

人民解放軍参謀部軍事情報とサイバー攻撃の最前線
本書の重要な部分の一つが、人民解放軍の情報機関についての詳細な分析です。柏原は、人民解放軍連合参謀部(旧総参謀部)の下にある複数の情報部門を、その機能と活動実態から解説します。
特に注目すべきは、サイバー攻撃を担当する部隊です。かつて「61419部隊」として知られた組織は、世界中の政府機関、企業、研究所にサイバー攻撃を仕掛け、機密情報を窃取してきました。2025年も、日本の防衛省、研究機関、先端企業がサイバー攻撃の標的となっており、その多くが中国の人民解放軍によるものと指摘されています。
柏原が詳しく紹介するのは、APT(Advanced Persistent Threat)と呼ばれる持続的標的型攻撃です。特定の組織に狙いを定め、長期間にわたって侵入を試み、ネットワークに潜伏し、膨大なデータを盗み出す。APT10、APT17といった名前で知られる攻撃者グループは、中国政府と密接な関係があるとされています。
また、人民解放軍の情報機関は、軍事情報の収集にも注力しています。他国の軍事技術、武器システム、戦術、作戦計画。こうした情報を入手することで、人民解放軍は急速に近代化を進めてきました。日本の防衛技術も標的になっており、柏原は具体的な事例を複数挙げています。
興味深いのは、人民解放軍が民間企業やハッカーを利用していることです。正規の軍人だけでなく、契約社員、民間人、さらには世界中に散らばる中国人ハッカーを遠隔操作することで、当局の関与を隠しやすくしているのです。これが「千粒の砂」戦略と呼ばれる手法です。
読んでいて考えさせられるのは、サイバー空間が第五の戦場となった現代において、私たちは常に見えない攻撃にさらされているということです。パソコンの向こう側に、人民解放軍の工作員がいるかもしれない。その現実を直視する必要があるのです。
統一戦線工作部魔法の武器が仕掛ける影響力工作
柏原が本書の後半で焦点を当てるのが、統一戦線工作部という独特の組織です。これは中国共産党中央委員会の直属機関で、海外の華僑・華人、台湾人、香港人、そして外国の政治家や知識人に働きかけ、中国に有利な世論を形成することを任務としています。
統一戦線工作部の活動は、伝統的なスパイ活動とは異なります。秘密裏に情報を盗むのではなく、公然と人々に接近し、友好関係を築き、中国のメッセージを広める。これがソフトパワーの行使であり、習近平政権が「魔法の武器」と呼ぶ重要な戦略なのです。
柏原が詳しく解説するのは、統一戦線工作部がどのように海外で活動しているかです。華僑団体を通じて現地政治家に接近し、献金や支援を提供する。孔子学院を設立し、中国語教育と文化交流の名のもとに、中国に好意的な人材を育成する。メディアに広告を出稿し、中国批判を抑制する。これらすべてが、組織的に行われているのです。
2025年、世界各国が統一戦線工作部の活動に警戒を強めています。アメリカとイギリスの情報機関トップが史上初めて合同記者会見を開き、統一戦線工作部の脅威を警告しました。オーストラリアでは外国代理人登録法を制定し、中国の影響力工作に対抗しています。
柏原が指摘するのは、日本もまた統一戦線工作の標的だということです。在日中国人コミュニティ、日中友好団体、政治家、学者、メディア。あらゆるチャンネルを通じて、中国は日本の世論に影響を与えようとしています。それは決して陰謀論ではなく、公開情報からも確認できる現実なのです。
読んでいて感じるのは、影響力工作の巧妙さです。銃弾を撃つわけでも、機密を盗むわけでもない。ただ友好を装い、じわじわと浸透していく。その静かな侵略を、私たちはどう見極め、どう対処すべきなのでしょうか。
反スパイ法の強化と外国人ビジネスマンへの脅威
本書の重要なテーマの一つが、中国の反スパイ法とその運用実態です。2014年に制定され、2023年に改正されたこの法律は、「スパイ行為」の定義を大幅に拡大し、外国人を含むあらゆる人物を摘発できる強力な武器となっています。
柏原が警告するのは、何が「スパイ行為」に当たるのか、その基準が極めて曖昧だということです。産業技術の情報収集、統計データの入手、現地調査、インタビュー。通常のビジネス活動や学術研究の範囲内と思われる行為でも、「国家の安全と利益を害する」と判断されれば、スパイ容疑で逮捕される可能性があるのです。
2025年、日本人ビジネスマンが中国で「グレーゾーンスパイ」として懲役刑を受けた事件は、まさにこの恐ろしさを象徴しています。長年化学工業分野で活動していた人物が、軍民両用技術に関わる情報を収集したとして摘発されました。本人は通常の業務だと思っていたことが、突然犯罪とされたのです。
柏原が詳しく分析するのは、この背景にある習近平政権の「総体国家安全観」という考え方です。これは、国家安全を政治、軍事、経済、文化、科学技術など、あらゆる分野に拡大して捉える概念です。その結果、ほぼすべての情報が「国家の安全と利益」に関わるものとされ、外国人による情報収集は常に疑われることになります。
また、柏原が指摘するのは、反スパイ法が外交カードとしても使われているということです。日中関係が悪化すると、日本人が突然拘束される。これは単なる法執行ではなく、日本政府に圧力をかけるための手段なのです。
読んでいて恐怖を感じるのは、中国で活動するすべての外国人が、潜在的な容疑者として監視されているという現実です。ホテルの部屋は盗聴され、移動は追跡され、接触した中国人は取り調べられる。これが現代の中国なのです。

日本への警告として読むべき現実と対策
柏原は本書の終盤で、日本が中国の諜報活動にどう対処すべきかについて、具体的な提言を行っています。
まず必要なのは、スパイ防止法の制定です。日本は世界で唯一、スパイ行為そのものを処罰する法律を持たない先進国です。その結果、中国の工作員が日本国内で自由に活動でき、日本の国家機密や企業秘密が盗まれ放題になっています。2025年、高市政権がスパイ防止法制定を公約に掲げたのは、ようやく日本がこの危機に目覚めた証拠です。
次に、情報機関の強化です。日本には対外諜報を専門とする組織がなく、情報収集・分析能力が著しく不足しています。柏原は、国家情報局の創設や、既存組織の権限・予算の拡充を提言します。
また、企業や大学に対するセキュリティ教育も急務です。中国への出張時の注意事項、技術情報の管理方法、中国人研究者との共同研究におけるリスク管理。こうした実践的な知識を、すべての関係者が持つ必要があります。
柏原が繰り返し強調するのは、中国の脅威を過度に恐れる必要はないが、無知は危険だということです。知識があれば対処できる。知らなければ守れない。この シンプルな真理を、私たちは心に刻むべきなのです。
現代社会での応用と実践を考える
『中国の情報機関』が示す知識は、私たちの日常生活にどう関わるのでしょうか。
まず、ビジネスにおけるリスク管理です。中国と取引する企業は、サイバー攻撃、技術流出、突然の拘束リスクに備える必要があります。重要情報は中国に持ち込まない、現地でのPC・スマホ使用は最小限にする、中国政府の動向を常に注視する。こうした基本的な対策が、企業を守ります。
学術機関でも同様です。中国人研究者との共同研究は有益ですが、軍民両用技術に関わる分野では慎重さが求められます。研究成果が中国の軍事力強化に利用される可能性を、常に意識する必要があるのです。
個人レベルでは、情報リテラシーの向上が重要です。SNSで流れる中国関連の情報が、統一戦線工作部によるプロパガンダかもしれません。メディアの報道が、中国の広告収入に配慮した自主規制の産物かもしれません。複数の情報源を確認し、批判的に考える習慣が、情報操作への最良の防御となります。
そして何より、有権者として国家安全保障政策に関心を持つこと。スパイ防止法、国家情報局、外国代理人登録法。これらの政策について、感情的にではなく、冷静に判断する。そのための基礎知識として、本書は貴重な教材なのです。
どんな方に読んでもらいたいか
この本は、まず中国とビジネスをしている方、中国に出張・駐在する可能性がある方にお勧めしたい一冊です。リスクを知ることで、適切な対策が取れます。知らずに行くことほど危険なことはありません。
学術関係者、研究者、大学教員の皆さんにも強く推奨します。中国との学術交流には大きな価値がありますが、同時にリスクも存在します。どこまでが通常の交流で、どこからが危険なのか。その境界線を理解するために、本書は必読です。
国際情勢や安全保障に関心がある方すべてにもぜひ読んでいただきたいです。中国の台頭が世界秩序に与える影響を理解するには、その情報機関の活動を知ることが不可欠です。
政治家、公務員、政策立案に関わる方にも必読書です。日本の安全保障政策を考えるうえで、中国の諜報活動は避けて通れない課題です。本書が示す現実は、政策判断の重要な材料となります。
メディア関係者、ジャーナリストの皆さんにもお勧めします。中国の影響力工作がメディアにどう及んでいるか。それを理解することで、報道の独立性を守る覚悟が生まれます。
そして何より、国家安全保障に関心があるすべての国民に読んでほしい。中国は隣国であり、重要な貿易相手国です。しかし同時に、日本に対して組織的な諜報活動を展開している国でもあります。その現実を直視することから、真の日中関係が始まるのです。
関連書籍5冊紹介
1. 『目に見えぬ侵略―中国のオーストラリア支配計画』クライブ・ハミルトン著
オーストラリアの政治学者が、中国共産党による組織的な影響力工作を告発。政治献金、大学浸透、メディアコントロールなど、本書で言及される手法がオーストラリアでどう展開されているかが分かります。
2. 『日本人が知らない世界のインテリジェンス』黒井文太郎著
世界の諜報機関の実態をわかりやすく解説。中国の情報機関を、グローバルなインテリジェンスの文脈で理解するための入門書として最適です。
3. 『ゼロからわかるスパイのすべて』佐藤優著
元外務省主任分析官が、スパイ活動の基礎知識を平易に解説。中国の諜報員がどのように日本で活動しているか、その実態が理解できます。
4. 『インテリジェンス 武器なき戦争』手嶋龍一・佐藤優著
元NHKワシントン支局長と元外務省主任分析官による対談。中国を含む各国の情報戦の実態を、豊富な事例をもとに解説しています。
5. 『見えない手―中国共産党は世界をどう作り変えるか』クライブ・ハミルトン、マレイケ・オールバーグ著
中国の影響力工作をヨーロッパに焦点を当てて分析。本書と合わせて読むことで、中国の世界的な情報戦略の全体像が理解できます。
まとめ
『中国の情報機関』は、ベールに包まれた中国諜報機関の実態を、ジャーナリストの執念で明らかにした貴重な一冊です。柏原竜一が伝えたいのは、中国への敵意ではなく、現実を正確に理解することの重要性です。国家安全部、人民解放軍参謀部、統一戦線工作部。この三つの巨大組織が、世界中で情報収集、サイバー攻撃、影響力工作を展開している現実。それは決して遠い世界の話ではなく、私たちの社会に、今この瞬間も及んでいるのです。2025年、反スパイ法の強化と外国人ビジネスマンの相次ぐ拘束が報じられる今、中国の諜報活動を理解することは、ビジネスでも学術交流でも不可欠な知識となっています。しかし、過度に恐れる必要はありません。知識があれば対処できる。リスクを理解すれば、適切な対策が取れる。この本を読んで、あなた自身の目で現実を見つめ、あなた自身の頭で考えてください。それこそが、情報戦の時代を生き抜く知恵なのですから。


