「もし恐怖心がなかったら、あなたは何をしますか」。この問いかけから始まる『LEAN IN(リーン・イン)』は、Facebook(現Meta)のCOOシェリル・サンドバーグが、女性のキャリア形成とリーダーシップについて率直に語った一冊です。2013年の出版以来、世界中で女性活躍推進の機運を高めたベストセラーとなりました。2025年、日本でもダイバーシティ経営や女性リーダーシップが注目を集め、管理職になりたい女性を増やすための活躍支援が課題となっています。本書が示すのは、一歩前に踏み出す勇気、完璧主義から解放される柔軟な思考、そしてワークライフバランスの新しい在り方です。男女を問わず、すべての働く人に読んでほしい、人生の岐路を照らす道しるべとなる一冊です。
書籍の基本情報
書籍名:『LEAN IN(リーン・イン)女性、仕事、リーダーへの意欲』
原題:Lean In: Women, Work, and the Will to Lead
著者:シェリル・サンドバーグ
出版社:日本経済新聞出版社
初版発行:2013年(英語版)、2013年(日本語版)
ページ数:約360ページ
価格:1,800円前後(税別)
シェリル・サンドバーグは1969年生まれ、ハーバード大学卒業後、世界銀行、財務省、Googleを経て、2008年にFacebookのCOOに就任。テクノロジー業界で最も影響力のある女性リーダーの一人です。本書は自身の経験と膨大なデータに基づき、なぜ女性リーダーが少ないのか、どうすれば変えられるのかを探求した社会的メッセージでもあります。
なぜ女性は一歩引いてしまうのか内なる障壁を理解する
サンドバーグが最初に指摘するのは、**女性自身が持つ「内なる障壁」**の存在です。社会的な差別や制度の問題だけでなく、女性自身の中にある恐れや遠慮が、キャリアの前進を妨げているという現実です。
たとえば会議の席。男性は積極的に発言するのに、女性は控えめになりがち。昇進のチャンスがあっても「まだ準備ができていない」と辞退してしまう。サンドバーグは自らの経験も含め、女性が無意識のうちに自分を過小評価している実態を丁寧に描きます。
特に印象的なのは「impostor syndrome(インポスター症候群)」についての記述です。これは成功しても「自分は本当は能力がない、いつかバレてしまう」と感じる心理状態。多くの女性リーダーがこの感覚を抱えているとサンドバーグは指摘します。一方、男性は実力が80%でも「できる」と手を挙げるのに、女性は100%完璧でないと手を挙げない傾向があるというデータも紹介されています。
この章を読んで共感する女性は多いでしょう。「ああ、私もそうだ」と。でもサンドバーグが伝えたいのは、自分を責めることではありません。むしろこの傾向に気づき、意識的に変えていくことが大切だと説きます。完璧でなくても挑戦していい。失敗してもいい。その許可を自分に与えることから、すべては始まるのです。
読んでいて心温まるのは、サンドバーグ自身も完璧なスーパーウーマンではなく、悩み、迷いながら道を切り開いてきた等身大の人間だということです。だからこそ、彼女のメッセージは説得力を持ち、私たちの心に響くのです。
テーブルに着く勇気と発言する力
本書のタイトルにもなっている「Lean In(一歩前へ)」という概念。これは会議のテーブルに積極的に着くこと、遠慮せず自分の意見を言うことの比喩です。
サンドバーグが語る印象的なエピソードがあります。Facebookで会議をしていた時、女性の参加者たちが部屋の後ろの椅子に座り、テーブルには男性ばかりが座っていた光景。彼女は女性たちに「テーブルに着いて」と促しましたが、彼女たちは遠慮してしまいました。この小さな行動の違いが、発言機会の差につながり、ひいてはキャリアの差になるとサンドバーグは説きます。
また、自分の成果を適切にアピールすることの重要性も強調されています。日本的な謙虚さは美徳ですが、ビジネスの世界では自分の貢献を正しく伝えなければ、評価されません。特に女性は「自慢していると思われたくない」という気持ちから、成果を過小に報告する傾向があります。
しかし、キャリア形成において、適切な自己主張は不可欠です。それは傲慢さではなく、自分と組織への誠実さなのだとサンドバーグは説きます。自分の価値を正しく認識し、それを伝える。この勇気が、次のステップへの扉を開くのです。
2025年、日本企業でも女性管理職候補者に対するキャリア研修やリーダーシップ研修が実施され、一歩前に踏み出す機会が増えています。しかし最終的に踏み出すかどうかは、自分自身の決断です。この章は、その決断を後押ししてくれる、力強いメッセージに満ちています。
メンターとスポンサーの違いとサポートの重要性
サンドバーグはメンターとスポンサーの違いについて明確に説明します。メンターはアドバイスをくれる人、スポンサーは実際に機会を与え、推薦してくれる人。キャリアアップにはどちらも必要ですが、特にスポンサーの存在が重要だと指摘します。
興味深いのは、「メンターを探そう」と焦る必要はないという助言です。むしろ、目の前の仕事で成果を出し、信頼を築くことが先。そうすれば自然とメンターやスポンサーが現れる。実力と人間関係は相互に育て合うものなのだと。
また、女性同士のサポートネットワークの重要性も強調されています。「女王蜂症候群」と呼ばれる、成功した女性が後進の女性を支援しない現象についても触れ、これを乗り越える必要性を説きます。限られたポストを奪い合うのではなく、協力して環境そのものを変えていく。その視点の転換が求められているのです。
2025年、多くの日本企業で社内管理職によるメンタープログラムが開始され、女性のキャリア支援体制が整いつつあります。サンドバーグが10年以上前に提唱したことが、今まさに日本でも実現されているのです。
読んでいて勇気づけられるのは、一人で戦う必要はないというメッセージです。周囲の支援を求めていい。助けを受け入れていい。そして自分も他者をサポートする。この相互支援の輪こそが、組織全体を変える力になるのだと、サンドバーグは教えてくれます。
パートナーシップがキャリアの鍵を握る理由
本書の中でも特に共感を呼ぶのが、家庭とキャリアの両立についての章です。サンドバーグは、女性のキャリアを左右する最大の要因は、パートナーの協力だと断言します。
統計データも示されています。家事育児を平等に分担するカップルでは、女性の離職率が低く、キャリアの継続性が高い。一方、伝統的な性別役割分担をしている家庭では、女性がキャリアを諦めがちになります。これは日本でも同じ傾向があるでしょう。
サンドバーグ自身、夫との対等なパートナーシップがあったからこそ、激務のCOO職を続けられたと語ります。彼女は決してスーパーウーマンではなく、協力し合えるパートナーがいたから実現できたのだと正直に述べています。
また、「完璧な母親」「完璧な妻」という幻想からの解放も説かれます。すべてを完璧にこなそうとすれば、必ず破綻します。優先順位をつけ、時には妥協し、罪悪感を手放す。この不完全さの受容こそが、長期的な成功の鍵なのです。
2025年、ワークライフバランスや両立支援が進む一方で、活躍支援との両輪が求められています。サンドバーグが指摘するのは、制度だけでなく、パートナーとの対話と協力こそが本質だということ。この現実的で誠実な視点が、多くの読者の心を捉えています。
罪悪感との向き合い方と選択の知恵
働く母親が抱える罪悪感。これは多くの女性が直面する大きな課題です。サンドバーグもこの感情と格闘してきたと率直に語ります。
子どもとの時間が足りない、仕事に集中できない、どちらも中途半端ではないか。そんな葛藤は誰もが経験するものです。しかしサンドバーグは、罪悪感を感じること自体が、良い親である証拠だと優しく語りかけます。完璧な親などいない。大切なのは、限られた時間の質を高めることだと。
また、キャリアの選択について興味深い視点を示します。多くの女性は、結婚や出産を見越して、早い段階でキャリアの手綱を緩めてしまう。まだパートナーもいない段階から「将来は両立が難しいかも」と管理職への道を諦める。サンドバーグはこれを「まだ起きていない理由で、今のチャンスを逃す」愚かさだと指摘します。
今できることに全力を尽くす。選択が必要になったら、その時に考える。このシンプルな原則が、後悔のない人生を導くのだと。将来の不安で今を縛るのではなく、今この瞬間を精一杯生きる。この優先順位の知恵は、キャリアに限らず、人生全般に通じる教えです。
読んでいて心が軽くなるのは、サンドバーグが完璧主義を求めていないことです。むしろ、不完全さを認め、柔軟に対応していく力こそが大切だと説きます。レジリエンス(回復力)を持って、困難を乗り越えていく。その姿勢が、長期的な成功と幸福をもたらすのです。
現代社会での応用と実践を考える
『LEAN IN』が示す教えは、現代の日本社会にどのように活かせるのでしょうか。具体的な応用方法を考えてみましょう。
まず、企業における女性リーダーシップ開発プログラムや女性活躍推進の取り組みが、まさに本書の理念を実践するものです。2025年、多くの日本企業が女性管理職比率の向上を目標に掲げ、研修制度やメンター制度を整備しています。これらの制度を積極的に活用することが、第一歩となります。
個人のレベルでは、自分の中の「内なる障壁」に気づくことから始められます。会議で発言を躊躇していないか、昇進の機会を自ら逃していないか。日々の小さな選択を振り返り、意識的に「一歩前へ」踏み出す練習をする。この積み重ねが、キャリアを大きく変えていきます。
男性読者にとっても、本書は重要な示唆を与えてくれます。パートナーの仕事を尊重し、家事育児を平等に分担する。職場では女性の意見に耳を傾け、機会を公平に与える。ダイバーシティを推進し、多様な人材が活躍できる職場づくりに貢献する。こうした行動が、組織全体のパフォーマンスを高めるのです。
また、若い世代への教育も重要です。娘や後輩に「あなたにはできる」と伝え続けること。女の子だからという理由で可能性を制限しないこと。小さな頃からの刷り込みが、将来のキャリア選択に大きく影響するからです。
そして何より、世代間の対話を大切にすること。先輩世代の経験から学び、若い世代の新しい価値観を受け入れる。この相互理解と協力が、社会全体を変えていく力となるのです。
どんな方に読んでもらいたいか
この本は、まずすべての働く女性、特にキャリアの岐路に立っている方にお勧めしたい一冊です。管理職を目指すべきか迷っている方、仕事と家庭の両立に悩んでいる方。サンドバーグの言葉は、あなたの背中を優しく押してくれます。
若い世代の女性、学生の皆さんにもぜひ読んでいただきたいです。キャリアを考え始めるこの時期に、本書が示す視点を知っておくことは、将来の選択の幅を広げてくれます。
男性読者、特に管理職の方やパートナーを持つ方にも強く推奨します。女性がどんな障壁に直面しているかを理解することで、より良い職場環境やパートナーシップを築けます。ダイバーシティは女性だけの問題ではなく、組織全体の成長につながるテーマなのです。
人事担当者、経営者の方にもお勧めです。女性活躍推進やダイバーシティ経営を進めるうえで、本書は理論と実践の両面から具体的なヒントを提供してくれます。
そして何より、自己成長を目指すすべての方、人生をより豊かにしたいと願うすべての方に読んでほしい。性別に関わらず、一歩前に踏み出す勇気、不完全さを受け入れる柔軟さ、周囲と協力する知恵。これらは誰もが必要とする人間関係の知恵であり、人生の智慧なのです。
関連書籍のご紹介
本書に興味を持たれた方に、さらに理解を深めるための関連書籍を紹介します。
- 『女性リーダーが生まれるとき』野村浩子著(光文社新書)
日本における女性リーダー誕生の実例を豊富に紹介。リーン・インの理念が日本でどう実践されているかが分かります。 - 『ハーバード流 逆転のリーダーシップ』リンダ・ヒル他著(日本経済新聞出版社)
リーダーシップの本質について、ハーバード・ビジネススクールの教授陣が解説。女性に限らず、すべてのリーダーに役立つ一冊です。 - 『第二の性』シモーヌ・ド・ボーヴォワール著(新潮文庫)
ジェンダー論の古典。女性が置かれてきた歴史的・社会的状況を理解するための必読書です。 - 『多様性の科学』マシュー・サイド著(ディスカヴァー・トゥエンティワン)
なぜダイバーシティが組織のイノベーションを生むのか、科学的データに基づいて解説した書。 - 『女性のいない民主主義』前田健太郎著(岩波新書)
日本の政治における女性の少なさを分析し、その構造的問題を明らかにした書。社会システムの側面から女性活躍を考えるのに最適です。
『LEAN IN』は、一人の女性リーダーが自らの経験と膨大なデータをもとに、率直に語った勇気の書です。出版から10年以上が経ちましたが、そのメッセージは今も新鮮で、多くの人々に影響を与え続けています。完璧を求めず、一歩ずつ前に進む。周囲と協力し、支え合う。そして何より、自分の可能性を信じる。このシンプルだけれど力強い教えが、あなたの人生を変えるきっかけになるかもしれません。静かな場所で、ゆっくりとページをめくってみてください。きっと新しい自分に出会えるはずです。

