「60歳を過ぎたら、性は終わり」――そんな思い込みに、あなたは縛られていませんか。定年退職、子育ての終了、そして体力の衰え。人生の節目を迎えるたびに、私たちは無意識のうちに「もう年だから」と、自分の可能性に蓋をしてしまいがちです。
しかし、性教育研究家・高柳美知子氏の『60歳からの豊かな性を生きる』は、その思い込みを打ち破ります。60歳からこそ、本当の意味で豊かな性を生きられるのだと。この本は、理論ではなく、実践的な知恵に満ちています。
長年の研究と、自らの体験、そして多くの高齢者との対話から生まれた本書は、具体的な方法論を提示してくれます。パートナーとの関係をどう深めるか、新しい出会いをどう楽しむか、自分らしい性をどう表現するか。温かく、前向きなメッセージが、ページをめくるたびに心に響いてきます。
書籍の基本情報
- 書籍名: 60歳からの豊かな性を生きる
- 著者: 高柳美知子(たかやなぎ・みちこ)
- 出版社: 河出書房新社
- 発行年: 2004年
- ページ数: 約200ページ
- ジャンル: 社会老齢学、性教育、人生論
著者の高柳美知子氏(1931-2021)は、元国語教師であり、性教育の第一人者。『古事記』や『源氏物語』から日本人の性意識を探る独自の研究で知られ、特に高齢者の性について積極的に発言し続けました。本書は『セックス抜きに老後を語れない』の続編として、より実践的な内容に焦点を当てた一冊です。
60歳は性のセカンドスタート
高柳氏が本書で最初に伝えるのが、**「60歳は終わりではなく、始まり」**というメッセージです。多くの人は、60歳を人生の下り坂と捉えます。しかし、著者は全く逆の見方を提示します。
定年退職によって、仕事の重圧から解放される。子どもが独立して、自分の時間が増える。社会的な役割からも自由になる。こうした変化は、実は性を豊かに生きるチャンスなのだと。若い頃は、仕事や子育てに追われ、パートナーとゆっくり向き合う時間もなかった。しかし60歳からは、時間的にも精神的にも余裕が生まれます。
高柳氏は、自身の体験も率直に語ります。60代に入ってから、夫との関係が変わったと。それまで「義務」のように感じていた性的な関係が、時間に追われない穏やかな営みとして、むしろ心地よくなったと。この正直な語り口が、多くの読者に「自分だけじゃないんだ」という安心感を与えてくれます。
また、身体的な変化についても、ポジティブに捉え直します。確かに、若い頃のような激しさはなくなるかもしれません。しかし、ゆっくりとした、優しい触れ合いの方が、実は深い満足感をもたらすこともある。性は、スピードや回数ではなく、質なのだと。この視点の転換が、60歳からの性を豊かにする第一歩なのです。
さらに、「セカンドバージン」という興味深い概念も紹介されています。長年セックスレスだった夫婦や、配偶者を亡くした人が、60歳を過ぎて新しいパートナーと出会う。そのとき、まるで初めてのように新鮮な気持ちで性を体験する。それは、人生の贈り物のような経験なのだと。
夫婦が男と女として出会い直す方法
本書の中核をなすのが、**「夫婦の関係を再構築する」**という具体的な方法論です。長年連れ添った夫婦ほど、実は「男と女」としての関係を忘れてしまっていることが多いと高柳氏は指摘します。
定年後、24時間一緒にいるようになった夫婦。しかし、会話は日常の用件だけ。スキンシップもない。セックスは何年もしていない。そんな「同居人」のような関係になっている夫婦は、実は少なくありません。この状態を変えるには、意識的な努力が必要なのです。
高柳氏が提案する第一歩は、「見た目を変える」こと。家の中でもだらしない格好をしない、髪型や服装に気を使う。夫に対して、妻に対して、「異性として見られたい」という意識を持つ。この小さな変化が、相手の意識も変えていきます。
次に、「デートをする」こと。映画を見に行く、食事に行く、散歩をする。家の中だけでなく、外で二人の時間を過ごす。その際、「夫婦」としてではなく、「男女」として意識する。手をつなぐ、腕を組む。そんな些細なスキンシップから始めてみる。
また、**「言葉で伝える」**ことの重要性も強調されます。「ありがとう」「素敵だね」「好きだよ」。日本の夫婦は、こうした言葉を言わなさすぎると高柳氏は言います。長年一緒にいるからこそ、言葉にしなくてもわかるだろう、ではなく、言葉にするからこそ伝わる。その積み重ねが、関係を温かくしていくのです。
さらに、性的な関係についても、率直に話し合うことを勧めます。「こうしてほしい」「ここは気持ちいい」「これは嫌だ」。恥ずかしがらずに伝え合う。60歳を過ぎた今だからこそ、若い頃にはできなかった本音のコミュニケーションができるのです。
新しいパートナーを見つける勇気
本書のユニークな点は、**「60歳からの新しい恋愛」**についても、堂々と肯定していることです。配偶者を亡くした方、離婚した方、あるいは事実上の別居状態にある方。そうした人たちが、新しいパートナーを見つけることは、何も恥ずかしいことではないと高柳氏は言います。
日本社会では、高齢者の恋愛や再婚は、まだまだ肯定的に受け止められていません。「年甲斐もない」「子どもが恥ずかしい思いをする」。そんな声に、多くの高齢者が萎縮してしまいます。しかし、自分の人生を誰かの目を気にして諦める必要はないのだと。
高柳氏は、実際に60歳を過ぎてから新しいパートナーと出会い、幸せになった人たちの事例を紹介します。シニア婚活、趣味のサークル、ボランティア活動。出会いの場は、意外と身近にあります。大切なのは、「もう遅い」と諦めずに、前向きに生きる姿勢なのです。
また、「結婚」にこだわる必要もないと著者は言います。籍を入れなくても、お互いが納得していれば、パートナーとして一緒に過ごすことはできます。事実婚、別居婚、週末婚。様々な形があっていい。大切なのは、形式ではなく、お互いを大切にする気持ちなのです。
新しい恋愛をする際の注意点も、現実的にアドバイスされています。子どもや親族への配慮、財産問題、介護の問題。こうした現実的な課題をクリアにしておくことが、後々のトラブルを防ぎます。しかし、それらを理由に諦めるのではなく、丁寧に話し合い、解決していく姿勢が大切なのです。
一人でも豊かに性を生きる
本書は、パートナーがいる人だけでなく、一人で生きる人にも温かい眼差しを向けています。配偶者を亡くした方、離婚した方、あるいは生涯独身の方。そうした人たちも、豊かな性を生きることができると高柳氏は説きます。
「性」というと、どうしても「二人の営み」を想像しがちです。しかし、性の本質は、自分自身の身体と心を大切にすることでもあるのです。自分の身体に触れる、心地よさを感じる、美しいものを見て感動する。こうした感覚は、すべて「性」の一部なのだと。
高柳氏が勧めるのは、「自分の身体を愛する」こと。鏡で自分の身体を見て、批判するのではなく、労わる。マッサージをする、良い香りのオイルを使う、心地よい下着を身につける。こうしたセルフケアが、自己肯定感を高め、生き生きとした毎日につながります。
また、「感性を磨く」ことの大切さも語られます。美しい花を見る、音楽を聴く、詩を読む、美味しいものを味わう。こうした体験は、すべて感覚を研ぎ澄まし、生きる喜びを感じさせてくれます。性は、狭い意味での性行為だけでなく、生きることそのものの喜びなのです。
さらに、孤独との向き合い方についても触れられています。一人でいることは、孤独ではなく、自由でもある。自分のペースで生活でき、誰にも気を使わない。その良さを味わいながら、同時に、必要なときには人とつながる。このバランス感覚が、一人で豊かに生きる秘訣だと高柳氏は言います。
健康で安全な性生活のために
本書の実践的な価値は、医学的・健康的な視点も含まれていることです。高柳氏は、性教育の専門家として、60歳からの性を楽しむための具体的な知識も提供してくれます。
まず、身体の変化を理解すること。女性は閉経後、膣の潤いが減り、性交時に痛みを感じることがあります。しかし、これは自然な老化現象であり、恥ずかしいことではありません。潤滑ゼリーを使う、前戯を丁寧にするなど、工夫次第で快適な性生活は可能です。
男性も、加齢とともに勃起力が低下します。しかし、それを「男としての終わり」と捉える必要はありません。勃起しなくても、愛撫や抱擁で十分に親密さを感じられる。性の形は一つではないのだと、高柳氏は優しく語りかけます。
また、性感染症の予防についても触れられています。高齢者の性感染症は、実は増加傾向にあります。「もう年だから大丈夫」という油断が、感染のリスクを高めます。新しいパートナーができたら、適切な予防措置を取ることが大切です。
健康状態と性生活の関係についても、現実的なアドバイスがあります。心臓病、高血圧、糖尿病など、持病がある場合、性生活は可能なのか。多くの場合、医師と相談しながら、適度な性生活は可能であり、むしろ健康に良いとされています。ただし、無理は禁物。自分の体と相談しながら、楽しむことが大切です。
現代社会での応用・実践
では、『60歳からの豊かな性を生きる』から得た知恵を、どう日々の生活に活かせばいいでしょうか。
まず、パートナーとの「デート」を計画すること。月に一度でもいい、外で食事をする、映画を見る、散歩をする。日常から少し離れた時間を作ることで、新鮮な気持ちが蘇ります。その際、「夫婦」ではなく「男女」として意識してみてください。
次に、見た目を整える習慣を持つこと。家の中でも、パジャマのままでいない。髪を整え、清潔な服を着る。自分のためでもあり、パートナーのためでもあります。鏡を見て、「今日も素敵だね」と自分に声をかけてみる。その自己肯定が、表情を明るくします。
また、スキンシップを増やすこと。いきなり性的な関係を求めるのではなく、まず手をつなぐ、肩に手を置く、ハグをする。こうした日常的な触れ合いが、心の距離を縮めます。「おはよう」のハグ、「おやすみ」のキス。小さな習慣が、関係を温かくします。
さらに、自分の身体を大切にすること。マッサージ、アロマ、心地よい下着。自分を労わる時間を持つ。一人暮らしの方も、パートナーがいる方も、まず自分を愛することから始めましょう。
最後に、新しいことに挑戦する勇気を持つこと。シニア婚活、趣味のサークル、ボランティア。新しい出会いの場に、勇気を出して参加してみる。「もう遅い」と思わず、「今から」と思う。その姿勢が、人生を豊かにしてくれます。
どんな方に読んでもらいたいか
『60歳からの豊かな性を生きる』は、50代後半から70代の方に、特におすすめしたい一冊です。
まず、定年を迎えた、あるいはこれから迎える方には、第二の人生の設計図として。仕事中心の生活から解放された今、パートナーとの関係をどう築き直すか。この本が、具体的な道筋を示してくれます。
配偶者を亡くした方、離婚した方には、新しい人生への勇気をもらえる本として。「もう遅い」と諦めていた恋愛や性が、実はまだまだ可能なのだと。前向きな気持ちを取り戻すきっかけになります。
夫婦関係がマンネリ化している方、セックスレスに悩んでいる方には、関係改善のヒントが満載です。「今さら変わらない」と思っていた関係が、小さな工夫で変わる可能性があることを教えてくれます。
また、40代の方にも、将来への準備として読んでいただきたい内容です。60歳になってから慌てるのではなく、今から夫婦のコミュニケーションを深めておく。その積み重ねが、豊かな老後につながります。
若い世代にも、親世代を理解するために。親も一人の人間であり、愛情や性的な欲求を持っている。その理解が、世代間の尊重につながります。
関連書籍5冊紹介
60歳からの性と生き方について、さらに理解を深めるための書籍を紹介します。
1. 『セックス抜きに老後を語れない』(高柳美知子著、河出書房新社)
本書の前作にあたる一冊。老後の性をタブー視する社会への問題提起として書かれました。理論編として、こちらを先に読んでから本書に進むと、より深く理解できます。高齢者の性意識調査の結果も詳しく紹介されています。
2. 『50歳からの性教育』(村瀬幸浩ほか著、河出新書)
性教育の専門家たちが、中高年向けに性の知識を提供。更年期の身体の変化、性感染症の予防、パートナーとのコミュニケーション法など、医学的にも正確な情報が満載。実践的な知識を得たい方におすすめです。
3. 『熟年からの性』(和田秀樹著、アートデイズ)
精神科医による、高齢者の性と健康の関係を医学的に解説。性的体験が老化予防や若返りに効果があることを、最新研究を基に証明。「性ホルモン」が若々しさの秘訣であることを、科学的に説明してくれます。
4. 『70歳からの人生の楽しみ方』(弘兼憲史著、祥伝社黄金文庫)
漫画家・弘兼憲史氏による、老後を楽しむための実践的ガイド。性についても率直に語られており、男性目線での老いの楽しみ方が具体的。「定年後をどう生きるか」悩む男性には特におすすめです。
5. 『夫婦の壁』(黒川伊保子著、祥伝社新書)
脳科学者による、男女の脳の違いから夫婦のすれ違いを解説。なぜ夫婦は会話がすれ違うのか、どうすれば理解し合えるのか。科学的根拠に基づいた実践的アドバイスが、老後の夫婦関係改善にも役立ちます。
まとめ
『60歳からの豊かな性を生きる』は、タイトル通り、60歳からの人生を性を含めて豊かに生きるための実践書です。高柳美知子氏の温かく、率直な語り口は、読者に勇気と希望を与えてくれます。
この本が教えてくれるのは、「60歳は終わりではなく、始まり」だということです。仕事や子育てから解放され、時間的にも精神的にも余裕が生まれる。だからこそ、本当の意味で自分らしく、パートナーと深く向き合える時期なのだと。
性をタブー視する日本社会において、高齢者の性について語ることは、まだまだ勇気のいることかもしれません。しかし、人生100年時代を迎えた今、60歳からの40年をどう生きるかは、極めて重要なテーマです。その中で、性を否定して生きることが、本当に豊かな人生と言えるでしょうか。
高柳氏のメッセージは明確です。年齢に関係なく、人は愛し、愛される権利がある。触れ合い、親密さを求めることは、人間として自然な欲求である。それを恥じる必要も、諦める必要もない。むしろ、積極的に楽しむべきなのだと。
この本を読むことは、自分自身への許しでもあります。「もう年だから」と諦めていた様々なことが、実はまだできるかもしれない。そんな希望を、この本は与えてくれます。
もしあなたが、60歳前後の年齢で、これからの人生をどう生きようか考えているなら。もしあなたが、パートナーとの関係をもっと良くしたいと思っているなら。もしあなたが、新しい恋愛に踏み出す勇気が欲しいなら。この本を手に取ってみてください。きっと、新しい扉が開くはずです。

